After a few more days,

文字数 1,369文字

 それからまた何日か経って。
 夜、空を見上げると上弦の半月だった。
 晴敏と辰雄は「雨の夜、バス停のシーン」を撮影しようと、道端に座り込んで雨を待っていた。傘を忘れた父親を待つシーン。バスの代わりにダイハツタント、父親役は晴敏のつもりでいた。
 辰雄がスマホを見た。予報では雨は降る。

「もういいんじゃないですか、雨なんて。後で合成しますよ」

「いや、もう少し待とう。本物の方がリアルだからな」

 古い晴敏はコンピュータを信頼しない。
 と、そこへ。
 また、あの老人がやってきた。座り込む二人の前に立つなり、口を開いた。

「なあ、お兄さん達」

 二人は、顔を上げた。晴敏は煙草を吸っていたが、それに関しては何も言われない。

「ちょっと聞いてほしい事があるんだけどもな」

「…………はぁ」

「映画撮っとるんだろ?」

「……」

「撮影したら、ウチの町の名前出してほしいんだけども」

「……」

 月にかかる雲も無く、風も静か。空気は乾き、遠くの柿の木にアカハラが鳴いていた。雨は遠い。
 煙を吐いて、持っていた缶ビールを一口飲んで、晴敏は辰雄を見た。辰雄も首を傾げていた。

「……名前を出すな、ではなくて?」

「ウチは見ての通り若いもんがいなくてな。町の宣伝になればと思ってな」

「いやー……そんな見てもらえるもんと違いますけど」

 流石に辰雄も困惑気味だった。

「別にいいんだけどもさ、一応な、やってくれるだけでいいから」

「まぁ……別にいいですけど」

 しかし老人の目は案外必死で、公開するかも分からない動画に町の未来を賭けているようだった。横から見れば間抜けな面の老人でも、正面に見据えられると覚悟を感じさせる。
 老人は何言かあれこれと映画の内容を詮索して、理解したようなしていないような、すれ違いをしてまた帰っていった。
 晴敏は左手の小指、詰めたその箇所を隠すのを忘れていたが、老人はそんな事には気付いていなかった。
 ただ、晴敏だけが、気にしていた。



 それこそ、定規で測りメスで裂いたかの様に、綺麗に割られた半月。
 車の滅多に通らない一車線の県道に、放水車が置かれた。老人は町の消防団などに声をかけて協力者など募り、暇で娯楽の乏しい町故かすぐに人は集まった。

「これでな、雨を降らすんだ」

 さっき熱心に聞いていたのはこの為かと晴敏は思った。ここまでされるとむしろ心苦しい。
 辰雄が持っていたビニール傘も、何処からか現れた老婆が「情緒が無い」などと言って、黒字に白のドット柄の傘に取り替えてくれた。バスはタントのつもりが、打ち捨てられた錆びたバスをわざわざ道路に戻し、軽トラで牽引し始めた。
 正直迷惑だった。
 父親役の晴敏は錆バスに乗せられ、今にも折れそうなフレームにしがみつく。放水車の水がかかると腐った鉄の臭いが鼻につき、穴だらけの天井から水は容赦なく入り込み、町の人達のズレた好意には笑いすら込み上げてきた。

「じゃー私が撮っとるんでね」

 と、野次馬の一人のおばちゃんが辰雄のデジカメを持っていた。後ろにいる、夫らしき男が傘を用意しているが放水場所からは距離がある。
 牽引されるタイヤの無いバスが、くくりつけられた台車を潰して走る。半月に降る雨が晴敏を芯まで濡らし、僅かな秋風に凍えた。
 バス停にした古い標識の前で止まり、軋むバスから降りると、半笑いの辰雄が傘を差し出してくれた。
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