Before winter.

文字数 1,184文字

 冬を前に、眠れないカエルが側溝に落ちていった。都内に戻りネオン街、色とりどりの光はモノクロだった。
 路駐して晴敏は車を降りた。ガラケーから辰雄に、カタギに戻るようにメールを送り、段ボール箱を持ってビルへと入る。三階、エステサロンの入り口前。突っ立っている男は、何も言わずとも扉を開けてくれた。

「親父はいるか」

 賭場に入って晴敏は中を見回し、丁だの半だの騒いでいる中を歩いて、出方の男に藤堂を呼ばせた。やがて奥の事務所から出てきた偉ぶった和装の男が、親父だった。その目の前に、多少の大麻を置いた。
 藤堂はそれを見て顔色を変えて、

「会長を呼んでくれ」

 晴敏にそう言われて、また顔色を変えた。
 青くなったり、黄色くなったり、月よりも忙しい。その目にはもう妖精などは見えそうにない。

「杉田、お前分かってるのか。こんなもん受け取ってもなあ、もう変わんないんだよ」

「呼べよ」

「何だお前。その口の利き方は」

「……そうか。すいませんでした。でも約束ですから、呼んでください」

「それは出来ねえ。なあおい杉田、死ねとは言わねえよ。でもな、せめて姿を消してくれよ」

 晴敏は少し俯いて、数秒の感傷に浸ってすぐに現実に戻ってきて、小さく言葉を発した。

「親父、ちょっと……」

「なんだ」

「ここじゃあれなんで、外で話しませんか」

 そういって藤堂と二人で外に出て、階段を降りるように促した。
 藤堂が、朽ちて軋む外階段に一歩足をかけたとき、晴敏は、その背を蹴り飛ばした。
 転げ落ちて、靴も脱げ落ちて。踊り場の壁に後頭部をぶつけて血を流して、動かなくなった親父を確認して、少し笑って、晴敏はまた賭場に戻った。
 いつか、誰かが埋めてくれる。

 鉄火場を超えてカジノを超えて、事務所へと無遠慮へ立ち入った。賭場を仕切る元茅野の部下達も異様を感じ取り、困惑気味に晴敏を追った。
 事務所には、会長がいた。村松会の会長。何人かの若い衆を護衛につけて、退屈そうに座っていた。
 若い衆の一人が、

「おい、藤堂は」

 晴敏にそう言ったが、晴敏はそちらには顔も向けず、真っ直ぐに会長を見据えていた。

「さぁ?」

 窓の外に、十三夜月。

「お前に呼ばれて出ていったじゃねえか」

「ああ。それで俺一人で戻ってきた」

「親殺しか」

 それを言ったのは会長だった。
 だから晴敏はそれ以上何も言わず、ただ無言で、会長へと視線を向け続けた。
 背後にいる元茅野の部下達。彼等がどちらにつくか、晴敏は知らない。ただ戦争を待っていた。
 晴敏に睨まれている会長は、若い衆に囲まれて護られていても尚、能動的に戦端を開けない。カエルの様に止まっていた。
 空気が淀んでいた。
 時代遅れのガラケーがポケットの中で震えている。
 晴敏は、拳銃を抜いた。

 銃声が数発響き、反撃の銃声もいくつか響き、やがて床には、赤い血が流れていった。



 極道仁義・実録「となりのトトロ」・終
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