第9話

文字数 1,550文字

姫から聞いた話をまとめるとこうなる。

ダイニングカーでのパーティーを8時に退席し、スイートに戻った。
母親と次女も常に行動を共にし、二次会には行かず、9時には3人共ベッドに入った。
そして、深夜1時、目を覚ますと、ダイアモンドだけが無くなっていた。

姫が所有する時価100億円のダイアモンド『星の雫』は去年、雑誌でも紹介されていた。
宝石は元より、姫の美しさは瞬く間に日本中の男達を虜にし、女達の羨望の的となった。しかし、その生い立ちや暮らしは今も謎である。

このツアーが異常な倍率となったのは超豪華寝台列車の初ツアーというだけではなく、件の姫君の参加によるところが大きかった。

運航路線は京都・大坂発、倉敷駅で立ち寄り観光し、車中泊。2日目も山陽本線経由で南岩国駅で立ち寄り観光し、下関駅を終点に据えていた。
倉敷と言えば、白壁土蔵に格子窓の並ぶ情緒豊かな町家や美術館巡りが観光の目玉である。
琵琶湖や明石海峡、瀬戸内海国立公園などのビュースポットもツアーの売りであった。

「お願いします。どうか、どうか、このツアーが終わるまで何事も穏便に済ませてください」
定年前の車掌は涙ながらに訴えた。



一鍵(いっきい)は頭の中を整理した。
9時から11時まではラウンジカーにほぼ全ての乗客が集まっていた。
参加しなかったのは、スイートの3人と赤ちゃん連れの花吹雪一家のみ。トイレはラウンジにあり、途中で抜け出したのはイケメン医師だけだ。
11時から12時までは1号車の展望車へ向かう乗客がひっきりなしに3号車前を行き来していた。
誰にも見られず、スイートに忍び込むのは不可能だった。
しかも、スイートの扉は大きな開閉音が伴う。
最も近い2号車Cの花吹雪夫妻は9時から12時までガチャンという大きな音を絶対に聞いていないと言う。
犯行時刻は皆が寝静まった12時から1時までの間だ。
12時に3号車と4号車の連結部分は施錠され、後ろの乗客もスタッフも前には行けなかった。
1枚しかない部屋のカードキーは乗客が持ち、マスターキーと連結部の鍵は車掌が常に携行していた。
運転士と2人の予備番は運転室から一歩も出ていないと互いに証言している。
つまり、犯行可能だったのは3号車以前の乗客のみ。本人を含め、花吹雪一家と一鍵(いっきい)一家、屋根上夫妻の9人ということになる。(赤ん坊は数えない)
もっとも、その全員が12時以降、部屋を出ていないと言い張っているのだが……。




「私は探偵、一鍵(いっきい)は警察官だから、容疑者から外すべきよ」
ここあの声が思考回路を断ち切った。
「そういう訳にはいかないよ。取り敢えず、荷物検査をしよう」
荷物検査は難航した。
誰もが自分だけは違うと主張し、名誉棄損で訴えると大騒ぎになった。
一番、激しく抵抗したのはここあである。
「私は探偵なのよ。どうして、探偵が疑われなくちゃいけないの?」
「そんなの、理屈にならないよ」
小さな宝石を探すのは大変だが、台座の付いた200カラットのダイアモンドなら厚みがあるだろう。
プライベートな女性のポーチ等は外から押さえて確認することにした。
一鍵(いっきい)はダイアモンド以外の、ある物も探していた。
身体検査は女性は女性同士、男性は男性同士で行ったが、『星の雫』はどこからも発見されなかった。
車両も壁や床は勿論、1号車から3号車の隅々まで探したが、出てこなかった。

「後、探してないのは車外ですね」
「おお、そうか。窓を開けて、外に放り出し、後から回収すればいいわけだ」
屋根上が頷く。
「いえ、それはありません。全車両、窓の開閉はシステム管理されています。しかも、走行中はどの窓も乗降口も絶対に開きません」
車掌が断言した。
「疲れたわ」
姫が呟いた。病弱な姫の顔色は一層、白くなっていた。
「皆さん、夜も遅いですし、休みましょう」
一鍵(いっきい)の提案に皆、従った。


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