第4話

文字数 1,506文字

一鍵(いっきい)、あっちに亡命した姫がいるらしいよ。100億のダイヤだって!」
「姉貴、また盗み聞きを。ったく、光り物が好きなんだから……」
何気なく姫を見、一鍵(いっきい)はハッと息を飲んだ。

……美しい。まるで、天から舞い降りたような……
一鍵(いっきい)の胸を遅すぎた春の風が爽やかに通り抜ける。
身体中の血が沸騰するように熱くなり、同じ空気を吸っていると思うだけで幸福感に満たされた。
「どうした、一鍵(いっきい)?目がハートになってる……美しい女なら見慣れてるだろうに。なんだ、あれくらい。私より……ほ、ほんの僅か綺麗なだけじゃん?」
「どこが?同じ生き物とも思えない。
姫の匂うような美しさに比べたら、姉貴なんぞ牛のフン。
姫が『モナリザの微笑』なら、姉貴は『麗子像』。
ああ、小鳥のさえずりが聞こえてくるようだ」
「幻覚幻聴の上に妄想癖があるようね」
「いえ、姉上こそが幻覚幻聴で……あっ、何てことを。牛さん岸田劉生さん、ごめんなさい!」
「謝る相手が違うんじゃなくて?チョコレートコーティングしてタワーと並べて欲しい?」
「ご冗談を。コーティングして絵になるのは美しい姉上の方でしょう」
「フン。口先まで上手くなって」


……欲しい。あのダイヤ。あれはタダのダイヤじゃない……
ここあの脳裏に妖しく美しい煌めきが甦る。
客室に引き上げたここあは、ひたすらボーッとしていた。

「姉貴、どうしたの?おでこにエクボ浮かべて……」
ボカッ!
「皺じゃないっ」
「痛っ。ちゃんとエクボって言ったじゃんか。皺って言ったら怒るくせに」
「そうか。うっかり間違えた」
「わざとだろ?」
「はあ?私がいつあんたに乱暴したって言うの」
「乱暴したことが無いような口振りは、やめてくれよ」
一鍵(いっきい)、姉に逆らうの?」
「逆らってなんか……大体、姉貴はホントに僕の姉なの?実は母親とかじゃないよな?」
「何だとー?」
ここあの、こめかみにピシピシと亀裂が入る。
「だって、僕が小さい時、姉貴はもう、居たじゃないか」
「は?弟の後に生まれる姉がどこにいる?」
「そうじゃなくて、覚えてるんだ。僕が物心ついた時、姉貴は今と変わらない姿だった」
一鍵(いっきい)……」

「姉貴、何か隠してるだろ?ほら、顔色が……何で赤くなんの?」
「もう。嫌ね、私が昔から変わらぬ美しさだなんて」
「言ってないし」
「仕方ない。教えてやろう、弟までも狂わせる美しさの秘密」
「狂ってないし、知りたくも……」
「照れずとも良い。これでも昔、ガラシャと美しさを競ったものよ」
「って、細川ガラシャ(蘇我馬子の娘)?何時代の話だよ」
「鎌ちゃんともよく遊んだわ。ほら、中臣の……まさか、あれ程の歴史的偉業を成すとは思わなかったけど」
「えー、嘘だろ?そんなに生きてて……」
「どうして美しいままでいられるのかって?」
「だから、言ってないし」
「妖怪は人間のように歳を取らないの。妖怪は妖怪に殺されない限り、未来永劫生き続ける」
「なんで、姉貴だけ妖怪なんだ?」
一鍵(いっきい)の両親は私の親とは違う。知らなかったの?」
「知らなかった」
「夫を妖怪に殺された私の母は、あんたの父親と恋に落ちた。母親は既に亡くなってたわ。妖怪と人が交われば終わりと知りながら、二人は結ばれ消滅した。孤児となったあんたを育てたのは私よ」
「え?じゃあ、姉貴とは……」
「血の繋がりは無くても、実の弟と思ってるわ」
「いや、思わなくても……」
「さあさあ、ネックレス倍増お色直しでラウンジへレッツゴー!」
「それ手作り?何で光ってんの?」
「タマムシ、オオカバマダラ、ミイロタイマイ、モルフォ蝶……昆虫の翅よ。100億のダイヤには負けるけど」  
「む、虫のハネ?100億の雑菌とか無い?」
ボカッ!
「滅菌済み。殴るよ」
「殴ってから言わないで」





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