第10話

文字数 1,622文字

 
「今から推理する」
部屋に戻った、ここあは床に蹲った。
ココア色の髪がモワモワ逆立つ。身体の輪郭がぼやけ、蝉のように背から剥がれ昇って行く。

ダンッ!
一鍵(いっきい)は壁にへばり付いた。
……ひえーっ、これって幽体……いや、妖怪分離?こんなの嫌だぁー……

「分かった……」
くぐもった声が響く。 
「えっ、もう?」
「盗まれた宝石の在り処が分かった。今すぐ車掌と万里王子先生を呼んで」
「え?何気にイケメン医師って必要?」

2号車と3号車の乗客全てが5号車の広間に集められた。
ダイニングカーを使用するため、コックも1人立ち会わせることになった。
「皆様、お疲れの所、ご協力賜りまして、誠にありがとうございます」
と、言う車掌が一番、疲れた顔をしていた。
彼は捜査への全面協力と事を荒立てぬ約束を被害者である姫や一鍵(いっきい)を含む全員に取り付けていた。


 
「今から胃の検診をさせて頂きます。ボタンは付いてませんね。さて、どなたから?」
万里王子が言った。テーラードジャケットのような白衣が良く似合っている。
「私が」
姫が前に出た。
万里王子の目がパッと見開かれたのをここあは見逃さなかった。

「ちょっと待って、あなたは被害者でしょ。容疑者からに決まってるじゃない。容疑者Kの検診、なーんちゃって」
ここあが姫の前に立ちはだかる。
「ま、言いだしっぺだしな」
一鍵(いっきい)も頷く。

「では、ここあさん、ベッドへ」万里王子はここあを促した。
「まあ、先生ったら……」
ここあは頬に手をやり俯く。
「姉貴、勘違いすんなよ」
「バカね、冗談だってば」
ここあはベッドに腰掛ける。
「あんたも、変な誘い方するな」
一鍵(いっきい)が万里王子に絡む。
「言いがかりです。困った人達だな」
万里王子は苦笑いをした。

「この小型X線装置は患者が休んだ状態で撮影出来るようになっています」
医師は慣れた手つきで機械を操作する。
「胃下垂ですね。最近、胃がもたれませんか?」
「まあ。つい、食べ過ぎてしまうもので……」
「あのう、検診じゃないんですから」
車掌が急かす。
「おや、何か小さな平たい物が……ちなみに、例のアレのカットは?」
万里王子が姫に視線を投げ掛ける。
「プリンセスカットです。厚みがありますわ」
姫が答える。
「ほう。無駄の無いカットですね。実はダイアモンドはX線を通過させるためX線画像には殆ど写らないんですよ。この四角い形状はプリンセスカットの台座の形にも見えますね」



「いきなり、ヒットよ」
みやめが囁く。
「おい、藪医者。まだ、ダイアモンドと決まった訳じゃないだろ」
一鍵(いっきい)が詰め寄る。
「そうですね」
万里王子がサラッと受け流す。
「大体なあ、誰だって腹の中に金属の1つや2つあるだろ?」
「いや、普通、無いでしょ……」
屋根上が呟く。

「姉貴のことだ。パーティーでスプーンか皿でも一緒に飲み込んだんじゃないのか?」
「フーン。どうせ、私はドジでのろまなカメですよーだ」
ここあがブウ垂れた。
それを聞いた姫はクスリと笑った。

「あのう、早く取り出して確かめて頂けませんか」
車掌が催促する。
「取り出すって、どーやって?」
ここあがキョトンとする。
「その腹、かっさばくしかないんじゃない?」
みやめがオープンキッチンの包丁を指さした。
「みやめ」
夫の大地(だいち)が嗜めた。
「冗談よ」

「安心してください。胃カメラによる摘出か内視鏡治療を行いましょう。内視鏡は麻酔を使いますが」
医師が冷静に言った。
「流石、名医だな」
一鍵(いっきい)はホッとする。
「おや、藪医者では無かったのですか?」
万里王子が、笑って返す。
「ダメよ、胃カメラにして」
ここあが顔色を変える。
「なんだよ、姉貴、注射恐いの?」
「バカ、血が出たらどうするのよ」

……麻酔の注射針を抜いた痕からタラーッと緑色の血が……

「わーーっ、ダメだ。先生、姉貴は……姉は注射をすると顔が崩れるんです」
「誰だって注射されて、にこにこは出来ませんよ」
「いや、そんなもんじゃなくって、ドロッドロに崩れたちゃうんです」
「ええっ、そんなに?」
万里王子の顔が引きつった。



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