第6話

文字数 1,079文字

「じゃあ、私も同じ物を……」
ここあが小さな声で言う。
「お強いんですか?」
「いえ、ウィスキーは初めてですけど、お医者様がいらっしゃるなら、悪酔いしても大丈夫かと」
「安心してください。『上善(じょうぜん)水の如し』です。良い酒は水のように口になじむという意味ですが、良いウィスキーは悪酔いも二日酔いもしにくいんですよ」
「あら。それじゃ、意味ないわ」
「あ、あのう、念のため言っておきますが、僕は今、勤務時間外で……」
「まあ、積極的でいらっしゃるわ。先生、何号車ですの?」
「バカだな、姉貴。避けられてんだよ」
一鍵(いっきい)が口を挟む。
「いや、そんな……お近付きになれて光栄ですよ」
万里王子が困惑しながら白い歯を見せる。
「まあ、正直なお方」
「社交辞令の上手い男は身を滅ぼすと学んだ。知―らないっと」
一鍵(いっきい)は静かに席を離れた。
「あら、日本神話ですわね」
壁の絵を見て、ここあは話題を変える。
「おや、興味がお有りですか」
「あ、いえ……」

興味も何もありはしない。いい天気ですね、のノリで言ってみただけだ。
耳の横で髪を結った神々しい集団が描かれており、天孫降臨と記されている。
「てん、てん、てんまごおろし……」
ここあは難しい漢字が読めない。



「天孫降臨(てんそんこうりん)ですよ。古代神道の中にある物語です。その昔僕たちの祖先は、神と常に交流していたわけで、天神と人の間に生まれたのが、天皇という事になってると思います。日本の神は天神地祇といって、天の神を天神、地の神を地祇と呼んでいます。つまり、地の神の住むところを祇園と呼ぶんだと思います。だから、京都の祇園祭は地の神を祭る祭祀という事になりますね」
「まあ、博識でいらっしゃるのね」
ここあが溜め息を付く。
「ミニ講座はこのくらいにして、今宵は車窓を流れる夜景を存分に楽しみましょう」
万里王子は片目を瞑ってグラスを傾けた。
「そうですわね」
ここあもグランツの18年をちびちび舐めた。
「どうです?口から鼻に抜ける香りがしっかりとしていて、美味しいでしょう?」
「ええ。とても」
お酒のせいか、頬が熱くなってきた。
「大福もちいかがです?」
万里王子は、端正な顔を惜しげも無く歪め、大福もちをペロリと平らげると、「では部屋で調べ物が有るので」と、爽やかな笑顔で席を立った。
「ニヒルな男は去り際も良いな。しかし、大福もちが好きだとは……」
一鍵(いっきい)が頬を歪めた。
「いい男はなんでも似合うのよ」
ここあは大福もちに齧り付く。
「さっきのが例の私的コメントのコピペ?」
「よ、よふ、わはっらね。ほはにも、あるわよ」  
「……姉貴。歯が大福もちにぶら下がって……」


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