第8話

文字数 1,085文字

「み、皆さん、何でもありません。じ、自室におだまり……お戻りください」
車掌は、うろたえていた。
「いや、念のため、誰がどこにいるか確認した方がいいでしょう」
「貴方は?」
車掌は不審そうに、一鍵(いっきい)を見た。
「2号車Bの一向(いっこう)一鍵(いっきい)、警察官です」
一鍵(いっきい)は手帳を提示した。
「おお、これは心強い……しかし、このことは決して外部には……」
「分かりました……皆さん、確認を取りましたら、速やかに引き上げてください」
一鍵(いっきい)は一人ひとり名前を確認し、これまでの経緯を手帳に書き留めた。
「姉貴も部屋に戻って」
「私は探偵よ」
「探偵ですと?何と心強い。ええと、お名前は?」車掌はここあの顔をじっと見る。
「だめですよ。こんな妖怪……痛っー」
「YKここあ。私立探偵です」
ここあは一鍵(いっきい)の足をグリグリと踏みにじった。
「YK?何かの略ですか?」
「……」
勿論、YOUKAI(妖怪)などとは言えない。
「日本人は名前にアルファベットは使えないはずですが……」
車掌の目付きが険しくなる。
「私はホニァララ人です」
ここあは堂々と言い放つ。

……んなもん、通用するかよ……
一鍵(いっきい)の心臓は冷たくなる。

「失礼しました!ホニャララ人の名探偵、YKここあ様ですね」
車掌が敬礼する。

・・・…ウソだろ……




「お入りください」
婦人が車掌と一鍵(いっきい)、ここあを招じ入れる。
室内は目を見張るような豪奢な造りだった。
家具や調度品も他の個室とは格が違い、ロココ調と西日本の伝統工芸品が見事に融合している。
「流石、一人125万の部屋ね」
ここあは長い溜め息を吐いた。
一行は高貴な花の香が漂う寝室に入る。
ベッドに座っていた姫が真っ赤な目を上げた。
突然、現れた男達への警戒心よりも、悲しみに心奪われている様子だ。
固く握り締めた両手を広げて見せると、無残に切り取られたチェーンが指の間から滑り落ちた。

……なんてこと、一体、誰が姫の大切なダイヤを盗んだのだ……
一鍵(いっきい)の胸の中で怒りの炎がメラメラと燃え上がった。

チェーンを追って屈んだ姫のガウンが滑り落ち、薄物を纏った半身が露わになる。
一鍵(いっきい)の胸の下で若い炎がムラムラと燃え上がった。


「どうかしたか?」
ここあが、一鍵(いっきい)の変化に気付いた。
「いや、何でも……」
一鍵(いっきい)は、慌てて顔を引き締める。
メアリーが急いで、姫の肩にガウンを被せた。

琉巳(るみ)様。車掌の立花です。こちらは偶然、乗り合わせた刑事さんと探偵さんです。申し訳ございませんが状況をご説明頂けますか?」
車掌はカチカチに畏まり、隣室で更に壁に貼り付く程、離れて立った。
……ルミ。何と美しい響きだろう……一鍵(いっきい)はうっとりする。
「はい」姫が声を発した。鶯が鳴くような高く澄んだ声だった。





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