第16話 キリス・ギー

文字数 2,784文字

 キリス・ギー。それが、怪物の名前だった。
「二つを一つ」。そう。一つの体に二つの頭を持った彼らは、キーゴンの生き残りだった。
「あなたたちは、どうしてこんな所にいるんですか?」
「まあ、ちびさん。あんたは質問が多すぎる」
「あんたの名前ぐらい、教えてくれよ」
 そう言われて、初めてリダンは、平気で怪物と話をしているのに気づいた。
「ああ。ごめんなさい。ぼくは、ルウィンラーナから来たリダンです」
 キリス・ギーは、見ると、とてもやさしい目をしていた。深い緑色で、すいこまれそうだった。
「で、何が聞きたい」
「あなたたちの知っていることを、最初から順番に話してくれませんか?」
 リダンはそう言った。キリス・ギーは、話しを始めた。
「まず、時間もないころ、宇宙が生まれ、星々が生成された。これが、第一のアアク季なのさ」
「わしらの住むこの星、レカルゥもこの時できたのじゃ。第二季のナフル季で、星たちはどろどろの状態から安定へと向かった。やがて陸と空が別れ、生きものが生まれて、この季は終わる」
「次の、第三のハーツ季の最初に、おれたちの種族が現れたんだが、やがて滅ぼされた」
「滅ぼされた? 誰に?」
 リダンは、あわてて聞き返した。
「ルーンにさ」
「えっ」
 リダンは、混乱してしまった。彼の知るところでは、ルーンの木というのが、ルウィンラーナの北の方にあって、それはルウィンの味方だと聞いていたからだ。でも、キリス・ギーは、そのルーンに滅ぼされたという。
「ルーンって、今もいるんですか?」
「いるよ」
「ぼくたちの味方なんでしょうか」
「まあ、聞きなよ、ちびさん。敵とか味方とか、簡単に決められないものもあるのさ」
「でも、あなたたちの仲間がルーンに滅ぼされたんでしょ。ぼくは、ひどいと思うけど」
「ふふふ。それはな、言ってみれば、わしらはできが悪かった。そうなんじゃ。あのころは、醜く生きていたからの」
「そう。そしておれたちは、死なない代わりに、ここへ閉じ込められた。しかも、別々だったのを、一つの体にさせられてね。始めは苦しくてうらんだけど、今は」
「ルーンに感謝してもいるのじゃ。やつは、何も知らないわしたちに、「言葉」、すなわち考える力を与えてくれたのじゃ」
「そして今、こうして君と会っている」
 キリス・ギーは、そう言って体をゆすった。
 リダンは、ふうん、そんなものかな、と思った。彼らにとって、ルーンは少なくとも半分は味方のようだ。それは、長い間に苦しみがうすれたということなのか、それとも、本当にルーンに感謝しているのか、今のリダンには、よくわからないことだった。
 リダンは、たずねた。
「あのう、この手紙には、「二つを一つ そしてもう一つ」とあって、あなたたちのほかに、もう一つキーゴンが生き残ってるらしく書いてあるんだけど」
「そいつは、まだ生きておるぞ。悪い場所にな。そして危険じゃ。そいつには、言葉が与えられていないのじゃ。もとの邪悪さを保ったまま、生き長らえてきた。真っ黒な心だけが、そいつを動かしておる」
「それは、ここにいるんですか」
「ここにはいない」
 キリス・ギーは答えた。
「もし、そいつと出会う者があれば、どうなるか、わしも知らん。そして、そいつと会うのは、君ではない」
「君の仲間でもないな」
「うむ。わしたちは、未来を見る能力は弱いのじゃが、そいつのことは、もと同じ種族であっただけに、よく見える」
 キリス・ギーは、しっかりとリダンを見すえた。
 リダンは、少し何かを考えていたが、また聞いた。
「それじゃ、次は、手紙の謎を教えてくれないかな。”キーゴン”、というのは、昔この星にたくさんいた、あなたたちの仲間だ、とわかったけど。まだ二つ、わからない言葉があるんだ」
「いいや。それだけわかれば十分さ。リダン、君は立派なことをしたよ」
「そうかな」
と言ったけど、リダンはこう言われて、やっぱりうれしく思った。
「そのかわり、別のことを教えようか?」
「ええ」
「君の住む、ルウィンラーナの北の方を探しに行くことだ」
「ルーンの木がある、と言われている方ですね? なにがあるんです」
「さあ。ま、ニンゲン、とだけ言っておくよ」
「ニンゲン? 何だろう。知らないな」
「今はいい。すべてはこれからのことさ」
 それからも、話しは続いた。ルウィンラーナの仲間のことを話すと、キリス・ギーは大笑い。そして自分たちが、ルーンに一つにされたばかりのことを話してくれた。
「何しろ別々だったおれたちが、一つにされちゃったんだからな。腕一本動かすにも、けんかばかりしてたよ。最初のころはね」
「そのうち、それもむだだとわかったのじゃ。あのころは若かったな」
「今でも若いさ。なのに、あんたはどうしてそう年寄りみたいなしゃべり方をするんだい?」
「わしが? まさか。おまえさんこそ若者ぶって、そんな言葉を使うんじゃない」
 リダンには、「若い」とか、「年寄り」ということが、どういうことなのか、まるでわからない。
「あのう、それであなたたちは、ここから出られないんですか」
「決して」
「出られないのさ」
「見ててごらん」
 キリス・ギーはそう言うと、壁に手をついて、そこを壊そうとした。
 背中の毛がふるえている。ものすごい力で押しているのだ。
 突然、バキと音がして、怪物は体を壁に当てた。塔の中の空気が、わんわんと反響する。
「だいじょうぶですか」
 見ると、キリス・ギーの手の爪が、一本折れている。彼らは、リダンに、ここから出られないことを示したのだ。
「こういうわけさ」
「ええ、わかりました」
 怪物は、反対側の壁に、ずるりと背をもたれかけた。目がにごり、息を切らしている。
「お前、しばらく食べてないだろ?」
「そういえば」
「じゃ、ちょっとまってくれ」
と言って、キリス・ギーの左の頭が、口の中で何かを唱えた。
「さあ、いいよ。そこの四角い岩の戸口を開けてみな。食べ物が入ってるはずだ。好きなだけ食べるといい」
 リダンは、さっそく岩の戸を開けた。最近は、ろくな食事をしていなかった。中からおいしそうなパムとくだものを取ろうとすると、
「じゃ、わしも」
と今度は右の頭が言って、リダンが手を伸ばした先に、パッと光が散り、つぼが現れた。飲み物が出てきた。
 リダンは、おどろいた。
「あなたたち、魔法が使えるんですね!」
「そうじゃ」
「少しだけどね」
 リダンが飲んでみると、それはフロブルの実をしぼったものだった。リダンは喜びのあまり、踊り出してしまった。それが大好きだったし、なかなか飲めるものじゃなかったから。
「気に入ってもらえたかな」
「もちろん! ありがとう」
「よかった。わしらが、この力を人のために使ったのは」
「君が初めてさ」
「わしらもうれしい」
 リダンは、夢中で飲んだり食べたりした。
 キリス・ギーは、それを静かに見ていた。
 こうして、日々は過ぎていった。
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