第66話 谷間

文字数 1,032文字

 そのころ、ネムたちは。
 やはり、ルーンの地へ向かっていた。
 このサリュス連山を越せば、目的地は近い。
 もうすぐ、最後の山にかかるという夜。
 ネムとレイシーズ、そしてゼルの三人は、眠りについていた。
 彼らの旅は、終わりに近づいている。
 真夜中。
 大きな音に、レイシーズは目をさました。彼は、ゼルを起こした。
「おい、ゼル。あの音は?」
「なに?」
「ほら、また」ズウウという、にぶい音がひびいてくる。そして、もう一度。
 地面が、かすかにゆれて、それは終わった。
 ゼルは、いやな気がした。
「そのうち、わかるさ。ねよう。ちょっと寒い。じき、風の季節だな」
 そう言って、自分の所へもどった。
 レイシーズは、少し起きていたが、やがて寝た。
 ネムは、ずっと、眠ったままだった。
 
 次の日。
 彼らは、昨夜の音の意味を知った。
 山の稜線を見ると、斜面の一部がくぼんでいる。
 ここがくずれた音だったのだ。
「まずいな。向こうへ渡れるのは、ここだけなんだ。足場が悪い。歩いて行けるかな」
「どうする。ほかにないのか?」
「ないよ。とても遠回りになる」
「来るのが、少し遅かったわけだ」
 くずれた場所は、両側が切り立ち、裂け目ができていた。その幅は五メルほどもある。
 飛び越すことは、できない。底に落ちれば、生きてはいられないだろう。
 ゼルが、言った。
「しかたない。裂け目の浅いところを伝って、ゆっくり行こう。何とか渡っていけるだろう」
 その時、ゼルは、自分の背後に気配を感じてふり向いた。
 ある生き物がしのびよって来ているのが見えた。
「ビーマだ!」
 ビーマは、人の倍ほどもある、森の獣だ。
 うしろ足で立つこともでき、強力な前足は、人もふきとばす。
「レイシーズ、はやく行って!」
 レイシーズは、裂け目のくずれた斜面にとりついており、急いで渡ろうとした。
 ネムは、すでに向こう側へ登りにかかっていた。
 ゼルが言った。
「二人は、やつのいない方へ。ここで、何とかします」
 ゼルは、獣に近づいていき、剣をぬいた。
 ビーマが、うなり声をあげて、とびかかってきた。
「やっ」
 ゼルが、剣を払う。
 彼は、何度かビーマの牙をさけたが、次第に押され、裂け目へ落ちそうになる。 
 レイシーズは剣をぬき、戻ってゼルの助けに向かおうとした。
 その時、斜面が再びくずれ出した。
 ゼル! ——
 ネムとレイシーズが、最後に見たもの。それは、もがくビーマの体。転がっていく岩。
 ゼルの姿は、山の裂け目に消えた。彼は、もどらなかった。
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