第76話 戦い

文字数 875文字

 フローガは、巨大な蛇だった。
 大きく避けた口に、たくさんの牙が並んでいる。
 一つ目が、血走っていた。
 
 敵を見たゼルの体は、熱くなり、何も見えなくなったような気がした。何とか意志を保った。
 人間を見たフローガは、その姿に、危険の意味を感じた。しかし、とめどない欲望が、その警報を押さえ込んでしまった。
 
 ゼルは、ふき上がる恐怖に、倒れそうになりながら、にやりと笑ってのけた。
 そして、剣をぬいた。
 勇気が分をしめると、その剣を低くし、にぎり直した。フレイの剣が、白く炎を放つ。
 フローガは、ごう然と飛びかかった。
 ゼルは、剣を当てたが打ち払われてよろけ、体勢を立て直し、もう一度打たれて、転んだ。次の敵の牙をあやうくかわすと、彼は立ち上がり、かけ出した。
 それは、無謀なことだったが——うまくいった。
 フローガの後ろから切りかかり、かなりの傷を負わせた。剣を逆さにし、上から突くと、血で、まわりが黒く汚れるのがわかった。
 しかし、彼は夢中になりすぎた。蛇の長い胴体が、彼を取り巻きつつあった。それは、すばやくとじると、ゼルをとらえた。
「うあっ」
 もう遅い。
 ゼルは、すばやく剣を上向きに立てた。
——!
 フローガの胴が、彼の頭を打ち、そのまま首がねじれる。腕も、動かすことができない。ゼルの肉体が、しめ上げられていく。痛みで、肩がちぎれそうだ。 
 上半身が完全にしまり、息ができなくなった。自由なのは、足だけだった。
 
 フローガは、理解できない感覚に、身をゆだねていた。
 体を傷つけられた痛みに、どう対処してよいかわからず、怒りがかけめぐった。
 ただ、相手に我慢ができず、確実にしめ上げた。フローガの頭が、もう一回りすれば、それも終わり、化け物の勝ちだ。
 それは、生きたいという願い、いや、むしろ恐れだった。
 
 ゼルの、まだ動かせる足の上に、固いものが当たっている。
 なんだろう、これは——
 うすれる意識の中で、ゼルは、それが剣の柄だということに気づいて、はっとした。
 フローガの頭が、回ると同時に、彼は足を突き上げ、それきり、何もわからなくなった。
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