第87話 使者

文字数 2,050文字

「何か聞きたいことがあるかね?」
 キリス・ギーがたずねる。
「あの、謎の手紙のことなんだけど」
「いいよ。どんなことだい」
「まだ、一つだけ、わからない言葉があるんです」
 ハーレイは、古体字の手紙を、取り出した。
 それは、解読されない、その一行を残して、ほかの行が消えてしまっている。
「 ”あること”って、何でしょう?」
「君たちが、この塔へ来ること。それが、”あること”なのさ」
「ぼくたちルウィンが、ハラルドの塔へ来ること」
「そうじゃ」
 手紙から、最後の一行が消えた。
 すると、新たに、三行が浮き出てきた。
「あっ」
 
  人間が残り
  それからあとは わからない
  生と死いずれ いやどちらも
 
「ふうん」
「それで、すべてじゃ」
 キリス・ギーは、ユティにむかって言った。
「さあ、ユティ、もう一つの呪文をいってごらん」
「まあ、あれでいいの?」
「そうだよ。君なら、できるはずだ」
 ユティは、息をすうと、静かに唱えた。
 
  ルシャムダン シュワラド
  サーブル メライグ
  ティノナダル フィシリヴン
 
「ユティ、また呪文かい。よせよ。意味もわからないのに」
「ええ、もう決して。もう言うことないし、それに、わすれちゃったわ」
 すると、ユティの呪文で壁の一部がガタン! と開き、二匹のティノが飛び出してきた。
「ティノ!」
「うわあ、ねえ、のせてよ!」
 ルウィンたちは、大喜び。
 ティノは、空を飛ぶ四つ足の動物。
 羽毛の体に、かがやく二つの翼を持っている。するどい爪と、くちばしがあった。
「ティノのことなんか、すっかり忘れてたよ」
「いっしょに遊んだのは、それほど前のことだったのね」
 さわぐユティとアノネをよそに、ハーレイは、キリス・ギーに話かける。
「あのティノは、何のために?」
「知らせるのだ」
「何を?」
「約束を果たしたことをね、ルーンに知らせる」
 ティノは、塔の中を羽ばたいて飛んでいる。
「ティノが、ルーンの木へ飛べば、ルーンは、ルウィンがここへ着いたことを知る」
「ここでルウィンが来るのを待つことが、我らとルーンとの約束だった」
「それで、どうなります?」
 今までだまっていたゼルが、叫んだ。
「ルーンのもとでは、今、人間たちが戦っているはず。何が起こるんです?」
「わからんよ」
「そんな」
「わしらは、知らせるのが役目じゃ」
「そのために、ティノを飛ばす」
「その先は、わからんのじゃ」
「でも、おれの仲間たちが……」
「人間たちの戦いは、別だ。まったく別に起こったことさ。ゼル、君をのぞいてね」
 ゼルは、あまりのことに、しゃべれなくなった。
 キリス・ギーは、続けた。
「わしたちは、じき去らねばならぬ。ここを、次のものに明け渡すのじゃ」
「そして、ゼル。よく聞け。この星を受け取るのは、人間とは限らないんだよ。長い目で見ればね」
「おい、何てことじゃ」キリス・ギーの片方の頭であるトルームが言った。
「やめないか」もう片方のコーティも言った。
 いつの間にか、ハーレイが、ティノの羽の上に乗っている。
「ぼくもいく」
 アノネも、もう一匹の上に乗り出した。
「わたしものりたい」ユティがいった。
「だめだよ、二匹しかいないんだ」
「おれもつれてってくれないか」ゼルも言った。
「人間は重くて乗れないね」
「ちょっとまって、今、ルーンの地では戦いをしてるぞ」ゼルが言った。
「知ってるよ。ネムを助けに行くんだ」
「じゃあ、これを持ってくといい」
 ゼルは、腰のフレイの剣をはずして、ハーレイに渡そうとした。
「ティノの上でそんな物を振り回したら、羽がちぎれちまう」コーティが言った。
「戦うつもりなら、これをあげよう」
 トルームが大きな左の指を動かすと、ティノの背中にまたがったハーレイとアノネの手元に光が散って、棒が現れた。
 それは、長い槍だった。ルウィンの大きさの二倍もある。
「これなら、羽も平気じゃろう」
 アノネは、さっそくふりまわしている。
「遊びに使う物じゃないぞ」
「わかってますよ」
 ティノは、塔の中を、夜空へと開かれた方へ羽ばたき始めた。
「わあ、浮かんだ」
「アノネ、行こう。遅れるなよ」
「よおし」
 キリス・ギーが言った。
「忘れるな。ルーンの木の一番高いところに止まれ。それが知らせとなる」
「勇気を持ってね」ユティの声が続く。
「たのんだぞ」ゼルが叫んだ。
 空飛ぶルウィンたちは、下のみんなに手をふった。
 ティノは、塔の中をぐるりと飛び回ると、夜の星空へとすべり出て行った。
 ハーレイとアノネは、服の帯をほどいて、ティノの首元にかけ、自分の体としっかり結び合わせた。
 ティノは、ハラルドの塔から夜の闇におどり出ると、すばらしい速さで大陸を飛び、ルーンへと向かった。
「はやい、はやい」アノネは、はしゃいでいる。
 ハーレイは、ぎゅっと口をかむと、前を見つめた。
 風が二人の髪を乱す。
 二匹のティノは、甲高い叫び声を上げ、さらに速さを増した。
 
 キリス・ギーは、魔法で、ユティとゼルに、あたたかな部屋を用意してくれた。
 ゼルは、人間たちの戦いを思い、眠れなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み