第89話 望み

文字数 541文字

「もう、時がない」
 ハラルドの塔で、キリス・ギーがうめいた。
「小びとたち、まだ木にたどりつかぬか」
 
「あの二人なら、きっとだいじょうぶ」
 ユティはそう言ったが、不安だった。
 そして、時おり、守り星の呪文をとなえていた。
 
 二つ首の怪物は、ゆっくりと体を回すと、ユティとゼルを見下ろし、たずねた。
「われらの力も、失せようとしている」
「最後に、何か望みはあるかね」
 
 ユティは首をふり、
「わたしは、ここでまってる」
と言った。
 
 ゼルは、すぐに立ち上がった。
「わたしを、ルーンの地に送ってください」
 
 キリス・ギーは、首同士で互いに見合ったが、すぐに答えた。
「いいだろう」
「その岩の上へ」
 ゼルは、平らな岩の面にのぼる。
「じゃが、ルーンへ跳んでも、長くはいられぬぞ」
「もし、もどれぬ時、君は時間のすき間に閉じ込められる」
「向こうですることがあるなら、すぐやることだ」
 ゼルはうなずくと、目を閉じ、フレイの剣を捧げ持った。
 
 キリス・ギーは、大きな両手でゼルを包む。
 銀の光があらわれ、渦をまいた。
 一瞬、ゼルは、体がかたむいたように感じた。
 
 ユティは、じっとキリス・ギーの手を見つめていたが、まばゆい光が散って、目をとじた。
 そしてすぐに、岩の上を見たが、もうそこにゼルの姿はなかった。
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