第94話 別れ

文字数 1,520文字

 西の地のハラルドの塔にも、新しい朝がやってきた。
 ゼルと、ユティは目覚め、泉で顔を洗った。
 キリス・ギーが、あいさつをした。
「おはよう、ユティ、ゼル」
「おはよう、トルームにコーティ」二人は言った。
 二つ頭のキリス・ギーは、笑ったように見えた。そして、ゼルに話しかけた。
「なあ、ゼル」
「なんです」
「君は、ここを出なければならないよ」
「これから人間たちがどうなるか、見るんだ」
「ええ」
 
 やがて、ハーレイとアノネが、ティノに乗ってハラルドの塔へと帰ってきた。
 二人は、戦いのことを話した。
 聞き終わって、ユティが言った。
「アノネ、ずいぶんがんばったのね。すごいわ」
「まあね、こんなもんさ」アノネは、得意顔。
「でも、ルーンの木のてっぺんに行ったのは、ハーレイだったのね」
「まあ、そんなもんさ。ぼくは、ギラルをやっつけるのにいそがしかったんだ。ところで」
「なによ」
「塔の外に、なんか足の生えた、大きいのが転がってたけど」
「うん。ぼくたちが、初めてここに来たときは、なかった」
と、ハーレイも言った。
 ユティは、普通のふりをして、答えた。
「ああ、あれね。ロドクよ。キリス・ギーが、たおしたの」
「えっ、あれを」
 ハーレイとアノネは、驚いた。
 ユティは、続ける。
「それもたいへんだったけど。わたしも、みんながいなくて一人だったとき、ちょっと困ったことになって」
「どんなふうに?」
 二人のルウィンと、ゼルは身を乗り出した。
「その話、聞かせてあげてもいいわ」
「もちろんだよ」
 ユティは、塔の中に、黒い魔が現れて、一人で戦ったこと、そして竜のマハーを呼んで退治したことを話した。
「ユティ、がんばったね」
 と、アノネ。
「ほんと、すごい」
 ハーレイも言う。
 ゼルも、同意して、何度もうなずいている。
 みんなの様子を見て、ユティは、言った。
「でしょう。わたしも、この塔で、ただ待ってただけじゃないの」
 
 アノネは、最後の戦いの後で、ネムに、ゼルがハラルドの塔にいることを伝えたと言った。
 ルウィンたちは、ゼルの方を見た。
「ゼル。いくの?」
「そう。お別れだ」
「ありがとう」
「短い間だったけど」
「楽しかったよ」
 ゼルは、ルウィンたちの小さな手を、一人一人にぎった。
「さよなら」
 キリス・ギーも、大きな手を出してくれた。
「元気でな」
 ゼルは、塔の道をおりていった。
「あ、外まで送るよ!」
「わたしも!」
 彼は、ルウィンたちに囲まれて、塔をおりていった。
 
 塔の外へ出たゼルたちを見届けたキリス・ギーは、互いの顔を見合わせて、こう言ったものだ。
「やっと」
「おれたちの役目もおわった」
「長かったな?」
「そうでもありませんよ」
 トルームとコーティは、満足そうにうなずいた。そして、眠りについた。彼らは、使命を果たしたのだ。
 
「さ、ここでいいよ」
「うん」ゼルは、ルウィンたちと別れた。
 
 三人のルウィンたちは、ゼルの姿が見えなくなるまで、野原に立っていた。
「これから、人間はどうなるんだろう」
「さあね。それは、人間たちのことさ」
 やがて、塔の方へともどったのだが、もう少しというところで、アノネの様子が変だ。
「ちょっと」アノネがハーレイに声をかける。
「アノネ?」
「さあ。ハーレイ、ユティをたのんだぞ」
「なに」
「どうやら、ぼくの番だよ」
 ユティが近づこうとすると、アノネは、それを払いのけた。
 そして、つまずくように、消えた。
 辺りは、緑にかがやく野原。
 最後に残された二人のルウィンは、風に吹かれて立ちつくしていた。
「アノネも、いっちゃったのね」
「うん」
「つぎは、わたしなの? あなたは、旅行者だから」
「一人じゃないさ」
 ハーレイとユティは、二人で、ハラルドの塔へともどっていった。
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