脱皮にまつわるえとせとら

文字数 2,896文字

 本日はこの私、原賀達夫(はらがたつお)の特技についてお話しよう。
 この私の特技は脱皮である。脱皮。すなわち、身体全体がぺらりと一皮剥けるのである。これはおおよそ私の他にも実例があるのか、というところで一時期様々な文献を読み漁ったりインターネットで調べたりしたが、そのような現象はどこにも見当たらなかった。
 そしてこの脱皮という特技は生まれながらにして私が持ち得ていた能力であるので、特に気にも留めなく、子供の頃周りの友人に脱皮をして見せてみると、きめぇだの手を叩いて笑うだのどうだのこうだの、とにかく色々な反応が返ってきたので面白かったこともあり、いつしか私はこの脱皮の能力を特技として位置付けることにしたのだった。
 ただし、そのように重宝されるのも元気の有り余るお茶目な子供時代までで、それから年を重ねていくにつれ、この特技について周りの反応は冷淡なものとなっていった。数少ない幼馴染の友人に脱皮してみせると、バカの一つ覚えジャン。それから先は無いの?ひねりが足りないよね、などといった辛辣なコメントとともに、ペッと唾を吐き捨てられ
 「一昨日きやがれ!」
 と何処かに失敬されてしまった。その出来事は今でも私の心の中にトラウマとなって残っており、その後気を取り直して合コンや会社の新年会や送別会など様々な場所で披露するも、やはり心の奥底の自信のなさが技にも反映してしまうのか、すっかりだだ滑りとなり自身の評判を地の底まで落とす結果になることもしばしばだった。
 そういうわけで、今ではすっかり私は閉塞した気質となってしまった。いや、正しくは昔から閉塞していたわけではあるが、特技が受けていた間はその作用によってプラマイゼロくらいにはなっていたところ、特技の衰退によって閉塞気質のみが浮かび上がったといった現状であった。私は特技からも見捨てられたことによって、何も持たざるものとなった。私はこの今や何の役にも立たない特技を持っており、幼馴染や世間から罵倒されたトラウマを持っており、閉塞した気質を持っていた。あとは空っぽの財布と死への誘惑などを持っておれば財産家にでもなれたのだろうが、そんな寺山の言葉遊びの気休めはもはや真っ平だった。そんなことをふらふらと考えている内に心と身体は何時の頃からか異常をきたした。
 そのような環境になり何時からか後、私は気が付くと超高層ビルの屋上に立っていた。たまたま開いていた扉を開けて中に侵入したのだった。あぁ、私はこの時すっかり意識がなかったが、おそらくこれは身体からのエッソーエスなのだろう。このまま無意識の自然の流れに身を任せることが、心の平穏に対して真摯な態度なのだろう。なんてことを考えながら、今一歩、今一歩、ときおり脱皮してからの今一歩、と少しずつビルのきわきわまで歩を進めていたそのとき
 「待ちなされお若いの」
 と声を掛けてきた初老の男性は、名を芽息羅武夫(めいきらぶお)と言った。
 武夫(ぶお)氏は私のすべてを何もかも見通しているのだった。初対面にも関わらず私の脱皮の特技のことや子供時代からの特技にまつわるえとせとらについても粗方ご存じで在らせられた。たまに答え合わせのようにより詳しい子供時代のエピソードを話したところ、あ!そうなんやね、などと言って首がふり千切れるほど相槌を打って同意してくれたところを見ているにつけ、知らないこともありすべてを見通せるわけでは無いのだ、な。という風に一人ほくそ笑んでいた私が何を隠そう原賀達夫その人なのであった。
 そして、武夫氏が私の前になぜ現れたという事の顛末の話であるが、武夫氏はこの私の子供時代からのエピソードについて酷く共感してくれていた。
 「良かったら、わしについてきなされ」
 と言われ、私はもうなんとでもなれ、と言った心持ちで武夫氏にヘビの如くねろねろねろんとついていったのであった。そして到着したところは見世物小屋だった。
 「これは一体何の冗談です?」
 私はあまりのことに言葉を詰まらせながら武夫氏に静かに食ってかかった。しかしその表情を見ても武夫氏は顔色一つ変えず、何が?何か問題でも?と言った顔をして一切言葉を発しなかった。幾ら話込んでもレスポンスが返ってこないところを見るにつけ、私はいよいよこれはもうどうにでもなれ、という気分が高まってきており、この見世物小屋に雇われることとしたのであった。会社にはTELで辞表を出した。電話口で上司が喚き散らしたがすぐ様切って携帯をどぶに打ち捨てた。
 それからは住み込みで猛特訓が始まった。武夫氏は私が住み込むや否や、初対面の時とはまるで違う感じで強面のスパルタで私に芸というものを一からたたき込んだ。
 元来私の脱皮の方法はものすごく適当で、いわばヘビの脱皮のようにくしゃくしゃにして皮を脱ぎ去る感じでやっていたが、武夫氏はそんなことでは許さなかった。
 「人の形のまま脱げるようにしなさい!」
 と言いながら私の地肌をムチで叩きつけた。私はその度にぎゃん!と悲鳴を上げた。
 そういうスパルタの甲斐もあって、私は人型の形の皮を瞬時に脱皮することに成功したのだった。そして、その芸が身について以来、私の人生は一変した。つまり、見世物小屋に沢山の客が詰め寄り、私の人間皮めくりという脱皮の見世物は大層高評価を得たのだった。具体的には、私が立っているところ、次の瞬間その皮を置き去りにして私が隣に瞬時に移動するといった見世物だった。置き去りにされた皮は、一瞬人間の形すなわち私という形を留め、次の瞬間には力無く地面に落ちるといった芸だったが、これが傍から見ると奇妙な分身の術に見えたようで特に子供や婆さんに受けた。しかしじいさんには受けず終始真顔だった。
 そういうわけで、私はそれからというもの巨万の富を得た。そうすると、今まで連絡のなかった様々な友人が私の元に連絡をくれるようになった。私はそういう奴らを足で蹴り札束で頬を殴りつけてやったが、奴らはそれでもニヘラ笑いしていた。もはや死んでいる屍であった。そしてまた、悪そうな奴らからもつけ狙われることが多くなり、ついには私はかどわかされてしまった。そして、犯人がニヘラと笑い私を見下ろしているところで、私の心の中にはぼやっと武夫氏の言葉が思い浮かんだ。それはあ!そうなんやね、などと言って首がふり千切れるほど相槌を打って同意した武夫氏の笑顔だった。私はその笑顔守りたい、と思ったところ物凄いパワーが湧いてきて脱皮分身をこれでもかと行った。誘拐犯は目を丸くして絶望の表情をしていたところを、私は渾身の力でもって殴りつけた。犯人はこれでもかというくらい倉庫の壁に叩きつけられ、地面に頭から落ちたが運悪く打ちどころが悪かったようで、私の見立てによるとおそらく最早死亡していた。
 それから、私は武夫氏に会いに戻った。この気持ちはもう誰にも止められなかった。その後、紆余曲折を経て、この私、原賀達夫と武夫氏はアメリカで挙式した。30歳差の歳の差マリッジであった。


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