イエスノー枕WEB会議

文字数 2,625文字

 「以上が、本年度の事業戦略の三本柱として、全社一丸となって行っていく業務運営指針となるのであります」
 業務運営指針となるのであります。WEB会議でドヤ顔で社長がいう。うん、すごくわかる。本年度はつまり、友情、努力、勇気の三本柱で乗り切っていく予定なんですよね。だと思った。すごくわかる。すごくわかるのは何故かというと、一応確認すると、昨年度の事業計画ってどんなだったっけ?えーっと、ここに私の手元にございます、昨年度の事業計画パワポを参照してみますとですね。えー、はいと、ポチっとな。ヤッターマンのボヤッキーみたく、もとい八奈見乗児先生みたく、はいポチっとな。って見てみると。そうね。昨年度の事業計画もね、修正事業計画もね、簡単にいうと、友情、努力、勇気の三本柱で乗り切るって形になっていますよね。うん。オラびっくり。何がびっくりって、それでこの会社長年存続できてるっていうね。まぁ、そのシワ寄せが現場にものすごくよってるんだけどね。どれくらいよってるかってゆうと、入社して以来、課長の眉間のシワが日に日に濃くなっていって、むしろ今では刻まれてるって感じ、修羅の顔ってゆうか、そういう言い方としてふさわしいくらいでね。わかりやすくいうと、ガンメンに稲妻を走らせてらあってって、落語家先生がべらんめえ口調で言うくらい、てって。まぁそれくらい現場の上司は重ストレスを強いられるのが平常運転の会社なわけです。現場の血でこの12階建てのぶっとい会社は建っているってね。これは全社員皆知っているところのこと。下手に役職なんて、つくもんじゃないねってね。これウチの会社の常識。
 だもんで、万年平社員の僕は、成果ってのを意図的に操作している。正直にいうと。目ぼしい評価は、頑張りたい同僚に回してやればいい。同僚には感謝されるし、僕は僕の平社員としてのダラリーマンの地位を死守できるってばで、皆が皆笑顔になれるウィンウィンの関係だ。
 だもんで、僕は趣味に没頭している。それこそが人生のバラ色設計っつってね。精神の安定こそが人類として正しい生き方なんです。で、僕の生きがいはつまり鉄ちゃんなんだよね。鉄ちゃん。つまり鉄道オタク。鉄道のすべてが大事なんだよ。フォルムとか内面とか。写真に収めて分解説明みたり聞いたり調べたり。それこそが最高なんだ。
 で、唐突に最初の会議の件なんだけど。件の事業計画をぺらぺらとしゃべるのが、うちの会社の社長ってわけだ。あいつ、はっきりいって超無能。だけど、いろんな責任追ってるのって大変だよね。そこは評価するよ。でも、何故なんで万年平社員の僕がこんなに偉そうなんだろうね。ほんと。でもね、それにはちょっと理由があって、実は社長と僕。釣りバカ日誌状態なんだ。
 つまり、はまちゃんすーさん関係ってわけで、それがこと鉄オタで始まった仲なのである。でも社長の知識はまだまだって感じ。だって、関西すべての鉄道の時刻表もまだ頭に入ってないんだもの。でも、努力は認めるよ。頑張る弟子はかわいいものさ。でね、結構遠征にも行くわけだけれども、社長は結構その役職上お忙しい。どれくらいお忙しいかというと、スケジュールがああ見えて分単位、へたすりゃ秒単位ってやつで、しかも秘書(!)とかいう、僕の中ではエロ漫画でしか聞いたことのないような人を小脇に抱えているのだ。そこはちょっと僕はうらやましいと思う。
 そういう子忙しい人なので、何分連絡する暇がない。こちらがあっても、社長の方がないってんで、でも、鉄道遠征行きたいよねっつって、僕らはある方法を思いついたのだ。
 それは何かというと、なんだかんだといって、うちの会社は会議が多い。他所よりも会議が多くて、なので、昨今の流行りにのる形で、うちではいち早くWEB会議を取り入れている。だもんで、社長と密談を交わし、他の連中には分からない形で連絡できる方法を考えた。それはどうするかというとイエスノー枕なのだ。
 イエスノー枕。知らない世代の人に分かりやすく説明してみますと、主に新婚ほやほやの夫婦が、嫁の方が夜の営みをオッケーかノーかを示すときに、恥ずかしいから枕で意思表示しましょうという、アダルトグッズ(!)ではないけど、子供さんには刺激の強いアイテムなんだけれども、それの導入を行ったのだ。経費で。かつ我々は男同士なのだが。
 で、その効果はなかなかのもので。月に大体2回は遠征に行く予定があるんだけれども、僕が社長に予定のメールを流しておく。その返事が、直近の会議ってわけだ。社長が映っている画面の後ろのソファには、イエス、ノーの言葉が書かれた枕がWEBカメラに見える位置に配置してあって(できるだけ風景に溶け込むように小さく存在するように映してある)それを確認することが会議での僕の最初の仕事となるのです。イエスと書いてあるときもあれば、ノーとなっているときもある。ノーの時は大体他所の会社の重鎮とゴルフしてると思われます。
 という謎の連絡方法が我々の通常ルーチンになっているんだけれども、今回の会議ではなぜか枕がない。びっくりして俺はWEB会議を注視していると、社長も後ろを向いてハタと気づく。どうするんだよ社長!明らかに焦りが見えて社長。どうするのかと思ったら、おもむろに秘書にメモを書いて手渡したね。秘書、一体何事?といわんばかりの感じだったと思う。カメラに一瞬うつった限りでわ。で、多分メモに書かれた内容が、イエスノー枕だってんだから、美人秘書もなんだ?ってなるよね。結構美人な秘書なんだけれども。んで、会議中にも関わらず、その美人秘書が遠く後ろの画面に侵入。目立ったねー、あれは。そして注目の答えわ!
 「イエス」
 了解しました!って僕は思いましたけれどもね。だけど、後からよく考えたら、あれってかなり怪しい行動よねっていう。美人秘書がイエスノー枕をイエスって。一体誰に向かって発信してんだって感じで。後日談ですけど、しばらくは家の部署でも話題に困らなかったね。僕は傍から聞いてて、あー、その見解は真相に近いね、それは全然違うね、とか、その身もふたもない事実無根のウワサ話を楽しんでたけどね。すまん秘書殿。
 で、さすがにもうこの方法は使えないねってんで、その後はイタズラした後のガキみたいに社長とグフフなんて下世話な笑い声上げながら、次なる作戦を思案と相成りましたとさ。
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