#4
文字数 1,981文字
「俺の名前はシェダー・グリセルっていうんだが——」
彼の話は自己紹介から始まった。
——俺の羽は、完全な黒色ってわけじゃないんだが、見る人によっては黒く見える。だから、不幸を呼ぶと言われることが多かった。
まだちっさい頃は親も俺に優しく接してくれた。
それなりに愛情も注がれたんだと思う。
でもそれは俺の羽の色が大きくなるにつれ薄まっていくかもしれないと期待したからなんだろう。その証拠に、ある日を境に彼らの態度は冷たくなっていった。
これまでは食事を用意して一緒に食べていたものが、徐々に食卓から、喋り声と笑みが消え、俺は食事の時間をずらされるようになっていった。
終いには、部屋に閉じ込められて扉の前にご飯が置かれるだけになっていった。
誕生日だってそうだ。
10歳くらいまでは祝ってもらってた記憶があるんだが、その後ぐらいから、何もない平日のように過ごされるようになっていった。
誕生日のプレゼントはもちろんのこと、美味しい食事も「おめでとう」の言葉もない。
部屋に閉じ込められるようになってからは冷たい食事が運ばれるだけだった。
だから俺は自分の誕生日ももう忘れちまった。
それから扱いは悪くなるばかりだった。
服をもらえなくなり、食事をくれるのを忘れられるようになっていった。
俺の親は忌々しい黒い羽を持つ俺のことをどうにか忘れようとそていたんだろう。
それに耐える限界に達した頃、奴らは俺を一方的に家から追い出した。
「気味が悪い」
「出ていって」
そう言われた。
お袋はまだ申し訳なさそうな顔をしていたが俺には同じに見えた。二人とも俺を捨てたのさ。
それからは、真っ当な仕事につけるはずもなかった。
だから貧民街や路地裏でずっと生活していた。
グレーの羽を恐れない奴らは後ろめたいヤクザとかしかいなくて、俺に見かけだけ優しくしてはせっかく集めた金を根こそぎ騙し取っていった。
当たり前だが俺はいつも飢えていた。ろくに食べられるものもなかった。
だから盗みを働いたこともあった——もちろん喜んでやっていたわけじゃないさ。そうしないと餓死するところだったんだ。
でも普通の民家に入ったら、翼が目立って警察を呼ばれ、後ろめたい人々——つまり犯罪集団のアジトに入ったりしたら殴られるわ蹴られるわで命からがら逃げ出すことが多かった。
安泰な生活なんて程遠い。年でものどいげもした方が儲かるかと思ったがこのざまだ
「俺にはどこにも行き場なんてないんだ」
彼は悲しそうな低い声で、そう締め括った。
私は話を聞きながら思っていた。
彼は意外と心優しいのだ。
盗みを働いて見つかった時に家人を襲わずに逃げ出したのだって。
自分よりも弱い立場の人々を襲わなかったのだって。
普通ならそんなことできない。
そんなにいじめられてきたなら、カッとなって人に危害を加えてしまうこともあるはずなんだ。
でも彼はそんなことはしなかった。
自分がのけものにされてはいたけど、周りに危害は加えたことがないようだった。
臆病なだけかもしれない。
勇気がないだけかもしれない——それを勇気と呼んでいいかはとても疑わしいのだけれど。
でも、そんなに酷い仕打ちを受けて、自分は何も悪くないのに。彼は人を傷つけたりしなかった。それはすごいことだ。
私にできるかわからない。
「あなたはすごいよ」
わたしが発した言葉を聞いて彼は呆然としていた。
彼の話に聞き入っていたせいか、時間の流れが全然わかっていない。
気がつくともう日が暮れ始め、あたりは暗くなっていた。
時間も時間だから。そう思って私は思い切ってシェダーに言ってみる。
「私の家に、来ない?」
きっとアレグレは受け入れてくれるはずだ。彼は優しいから微笑んで優しく食事を出してくれるだろう。
彼にそう伝えたが意味が理解できていないようだ。もう一度言ってみる。
「私の家で、一緒にご飯を食べない?」
彼は少し迷うそぶりを見せた後、首をゆっくり横に振った。
「リリィが不幸になってしまう。僕は君に関わりたくない」
不幸になってしまうというのは単なる噂だ。不幸になると思い込んでいるから、余裕がなくなるのだ。それに、私はもうシェダーに話しかけている。関わると不幸になると言っても特に変わらないだろう。
そう言ったが彼は尚も頑固に首を横に振って断り続けた。
あまりに頑なだったので代わりの方法を考えた。
「じゃあ、私が家に帰ってご飯を持ってくるから、ここで少し待っていて。それならいいでしょ」
普通なら、家に上がって食事をするのと少ししか違わないはずだ。
これも断られるかと少し心配だったが、空腹に負けたのだろう。シェダーは仕方なさそうに首を縦に振った。
「じゃあ、ここで待っててね。すぐ戻ってくるから」
その返事を見てすぐ私は家に向かって駆け出した。
羽の揺れるばさっという音がした。
あたりはすっかり暗くなってしまった。
彼の話は自己紹介から始まった。
——俺の羽は、完全な黒色ってわけじゃないんだが、見る人によっては黒く見える。だから、不幸を呼ぶと言われることが多かった。
まだちっさい頃は親も俺に優しく接してくれた。
それなりに愛情も注がれたんだと思う。
でもそれは俺の羽の色が大きくなるにつれ薄まっていくかもしれないと期待したからなんだろう。その証拠に、ある日を境に彼らの態度は冷たくなっていった。
これまでは食事を用意して一緒に食べていたものが、徐々に食卓から、喋り声と笑みが消え、俺は食事の時間をずらされるようになっていった。
終いには、部屋に閉じ込められて扉の前にご飯が置かれるだけになっていった。
誕生日だってそうだ。
10歳くらいまでは祝ってもらってた記憶があるんだが、その後ぐらいから、何もない平日のように過ごされるようになっていった。
誕生日のプレゼントはもちろんのこと、美味しい食事も「おめでとう」の言葉もない。
部屋に閉じ込められるようになってからは冷たい食事が運ばれるだけだった。
だから俺は自分の誕生日ももう忘れちまった。
それから扱いは悪くなるばかりだった。
服をもらえなくなり、食事をくれるのを忘れられるようになっていった。
俺の親は忌々しい黒い羽を持つ俺のことをどうにか忘れようとそていたんだろう。
それに耐える限界に達した頃、奴らは俺を一方的に家から追い出した。
「気味が悪い」
「出ていって」
そう言われた。
お袋はまだ申し訳なさそうな顔をしていたが俺には同じに見えた。二人とも俺を捨てたのさ。
それからは、真っ当な仕事につけるはずもなかった。
だから貧民街や路地裏でずっと生活していた。
グレーの羽を恐れない奴らは後ろめたいヤクザとかしかいなくて、俺に見かけだけ優しくしてはせっかく集めた金を根こそぎ騙し取っていった。
当たり前だが俺はいつも飢えていた。ろくに食べられるものもなかった。
だから盗みを働いたこともあった——もちろん喜んでやっていたわけじゃないさ。そうしないと餓死するところだったんだ。
でも普通の民家に入ったら、翼が目立って警察を呼ばれ、後ろめたい人々——つまり犯罪集団のアジトに入ったりしたら殴られるわ蹴られるわで命からがら逃げ出すことが多かった。
安泰な生活なんて程遠い。年でものどいげもした方が儲かるかと思ったがこのざまだ
「俺にはどこにも行き場なんてないんだ」
彼は悲しそうな低い声で、そう締め括った。
私は話を聞きながら思っていた。
彼は意外と心優しいのだ。
盗みを働いて見つかった時に家人を襲わずに逃げ出したのだって。
自分よりも弱い立場の人々を襲わなかったのだって。
普通ならそんなことできない。
そんなにいじめられてきたなら、カッとなって人に危害を加えてしまうこともあるはずなんだ。
でも彼はそんなことはしなかった。
自分がのけものにされてはいたけど、周りに危害は加えたことがないようだった。
臆病なだけかもしれない。
勇気がないだけかもしれない——それを勇気と呼んでいいかはとても疑わしいのだけれど。
でも、そんなに酷い仕打ちを受けて、自分は何も悪くないのに。彼は人を傷つけたりしなかった。それはすごいことだ。
私にできるかわからない。
「あなたはすごいよ」
わたしが発した言葉を聞いて彼は呆然としていた。
彼の話に聞き入っていたせいか、時間の流れが全然わかっていない。
気がつくともう日が暮れ始め、あたりは暗くなっていた。
時間も時間だから。そう思って私は思い切ってシェダーに言ってみる。
「私の家に、来ない?」
きっとアレグレは受け入れてくれるはずだ。彼は優しいから微笑んで優しく食事を出してくれるだろう。
彼にそう伝えたが意味が理解できていないようだ。もう一度言ってみる。
「私の家で、一緒にご飯を食べない?」
彼は少し迷うそぶりを見せた後、首をゆっくり横に振った。
「リリィが不幸になってしまう。僕は君に関わりたくない」
不幸になってしまうというのは単なる噂だ。不幸になると思い込んでいるから、余裕がなくなるのだ。それに、私はもうシェダーに話しかけている。関わると不幸になると言っても特に変わらないだろう。
そう言ったが彼は尚も頑固に首を横に振って断り続けた。
あまりに頑なだったので代わりの方法を考えた。
「じゃあ、私が家に帰ってご飯を持ってくるから、ここで少し待っていて。それならいいでしょ」
普通なら、家に上がって食事をするのと少ししか違わないはずだ。
これも断られるかと少し心配だったが、空腹に負けたのだろう。シェダーは仕方なさそうに首を縦に振った。
「じゃあ、ここで待っててね。すぐ戻ってくるから」
その返事を見てすぐ私は家に向かって駆け出した。
羽の揺れるばさっという音がした。
あたりはすっかり暗くなってしまった。