#9

文字数 1,070文字

 古本屋に通って店番をする日は、人々の話を聞いたりその反応を見ることが日課のようになった。
 もちろん客はしっかり監視しているし、万引きの摘発も会計もこなした。
 でも、人々の話に集中が向いていた。
 その話を聞く限りでは羽を譲った人に関する伝説のことを知っている人は思いの外多いようだった。
 しかし、私がその話題を出すとすぐに話題をそらそうとするか、無視を決め込む人が多かった。
 やはり与えられたものであると言う認識の羽は決して譲ってはいけないものだと考える人が多く、彼らの口は固かった。
 そして家を出ない日は一日中考え続けた。
 アレグレが自分の羽を切り落とす時にどれほと苦しんだのだろうか。
 羽のない人になってどれほど辛い思いを経験してきたのだろうか。
 もちろん私には計り知れないだろう。想像でわかるほど優しいものではないと思う。
 だからこそ考えれば考えるほど彼の気持ちすらわからない自分が嫌になっていくのだ。
 そして「羽があればきっとアレグレは幸せになれる」そう思った。
 アレグレにはどんな色が似合うのだろう。
 私の黄金色の羽はあなたに似合うだろうか。
 もしあなたが私の金色の羽をもったらきっと光輝く金色の髪と羽は綺麗なのだろうな。
 そんなことを夢想した。
 商店街に店番をしにいく時はこんなことを考えた。
 この人の羽が違う色に変わったらどんなふうに見えるだろうか。
 シェダーは灰色の羽を捨てて別の色が欲しかったのだろうな。
 ランギにはやはり水色だな。でも薄い緑も似合うかもしれない。

 それから数週間後。その日は雨だった。アレグレは古本屋の店番が終わり帰宅した私をいつも通り暖かく迎えてくれた。
 夕食で私は冗談めかして言った。

「私、実はあなたに隠し事をしているの」

「私の黄金色の羽、あなたに似合うかな」

 その言葉を聞いたアレグレは私が見たことのない顔で、
 私が聞いたことのない声で、

「今すぐ、失せろ」

 そう言った。


     *


 雨の降る路上にリリィは飛び出した。
 僕は動かない。いや、動けないのか。
 自分一人しかいない静まり返った家の中で、テーブルの上の蝋燭のオレンジ色の光だけがゆらゆら揺れている。
 リリィを追いかけていくことはできなかった。
 彼女を引き止めてしまうときっと彼女は僕に羽を譲るだろうから。
 本当は僕も、リリィに隠し事をしている。
 僕は昔、羽を与えることができたんだ。
 そして、今君の背中を彩っているその黄金色の羽は、本来リリィの色じゃないんだよ。

「君はもう不幸にならなくていい」

 その言葉と共に一筋の涙が流れた。
 ごめんね。
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