#17

文字数 2,165文字

 羽を移し終えて一息ついた時、僕の目に切り落とされた漆黒の羽が映った。アスセナの背中にあったはずの羽。それはひどくくすんで見えた。
 次の日、アセスナと僕の血が止まったのを確認して僕は彼女を橋の下に寝かせて歩き始めた。
 向かうは貧民街の外れイシェルとゼレナーの家だ。
 彼女たちは始末しておかなければならない。もちろんアスセナを壊したことに対する怒りもある。でも、彼女の黒い翼を持っている姿をしっかりと見ているからと言うのは大きかった。
 彼女はニウ夫婦以外に漆黒の羽を見せたことがなかったから。彼らさえいなくなれば、彼女にその過去を語るものはいなくなる。
 記憶を無くした彼女に過去を伝えるものはいなくなる。

「これは君を守るためなんだ」

 自分の行為に理由付けをし僕は再び歩き出した。
 ニウ夫婦の家についてドアをノックする。
 返事を待たず、ドアをあけて羽を切り落とす時に使った大きな刃物を持って家に乗り込む。
 やはり、夜間にした方がよかっただろうか。テーブルにはイシェルとゼレナーがいた。走りかかって切り付けようとする。
 一振り目は空振り。
 見るとイシェルは台所に入っていた。
 近くにいるゼレナーを狙ってもう一度振り上げる。
 その刀は、振り下ろせなかった。
 台所の細い薪をとったイシェルが僕の刃物を叩き落としたのだ。
 意図せぬ方向に力がかかり手首の痛みに動けないでいると、僕はあっという間に組み伏せられた。

「何しにきた」

 イシェルが低い声で問う。

「石を投げられて仕返し?」

 僕は硬く口を閉じたままだ。

「アレグレ、あんたなんで羽がないの」

 ゼレナーが驚いた声を上げる。
 イシェルも僕の羽がないことに気づいたようで力が少し弱まった。傷を押さえつけられた痛みが少し和らぐ。
 僕はずっと二人を睨め付けている。

「アスセナはどうした」

「——っ。また彼女に危害を加えるのか」

「そうじゃない。あれは君たちが——」

「僕らが盗んだからだって?そうしなきゃいけない状況に追い込んだのはお前らじゃないか。彼女がお前らに追い出されて、その上石を投げられてどんな気持ちだったかお前らに分かるのか」 
「彼女は壊れたんだ。お前のせいで。だからっ。だから僕は」

 言葉が止まらない。

「僕は彼女に羽をあげたんだ」

 僕の言葉を聞いたニウ夫婦は信じられないという顔をしていた。

「——君も僕らと一緒だ」

 イシェルの発した言葉がなぜか心に刺さる。

「僕が——お前らと一緒?」

 どうして、どうやったらそうなるんだ。
 どこがどう同じだと言うんだ。

「だって、お前もアスセナと彼女の黒い羽を分離して考えているじゃないか。彼女には黒い羽はない方がいい。そう思ったんだろ。だから羽をあげたんだろう」  

 そうだ。僕は彼女の羽は彼女を苦しめるだけだと思った。

「一緒じゃないか。黒い羽を疎むあまり彼女まで排除した俺たちと、黒い羽のある彼女は幸せになれないと思って黒い羽のある彼女を消したお前」

 そうなのか。僕がアスセナに向かってしていたことは、黒い羽を嫌ったその他大勢が彼女にして
いたことと同じだったのか。
 そう思うと一気に気力が失せた。
 反抗する気がないことが彼にも伝わったのか、イシェルさんは僕を解放した。僕はふらついた足取りでニウ夫婦の家を出て、橋の下に向かって歩き出した。
 僕は考える。もしかしたらアスセナは僕が羽の色を替えたいかと問うたとき「違う」と言ったのではないか。僕には聞こえなかったけれど。そんな気がするのだ。
 アスセナが僕の前で「消えたい」と言わなくなったのは僕に弱さを見せたくなかったからではなく、僕が彼女に羽をあげようとしていることを分かったから、羽を譲って欲しくなかったから、そんなことを言ったのではないのか。
 橋の下について、そこに眠っているアスセナを眺める。そして気づいた。
 黄金色を持った彼女は昔のアスセナとは違っていた。
 僕の頬を涙がつたう。
 僕は彼女が周囲に羽の色が原因で不幸になるのを嫌がった。そして彼女の言葉の理由を取り違えた。
 そして彼女は誰にもありのままの姿で認めてもらえなかった。
 僕は彼女の漆黒の羽をとった。彼女の彼女らしさのひとつを取り除いた。
 僕も世間に溢れる人々と同じだ。後悔の涙は止まらない。
 黄金色の羽を押し付けられた彼女の前に跪き。ただただ泣いた。


     *


「君を助けたかったんだ」

 僕はくらい家の中で一人、呟く。

「君が消えてしまうことに耐えられなくて、君を救いたくて、だから譲ったんだ」

 その考えは間違いだとわかった。僕は今でも後悔している。だけど。

「だけど。僕の行動の意味まで奪わないでくれよ」

 君が、僕が君に譲った羽を僕に移すなら、僕がしたのはなんだったのだ。
 君は、君の本来の羽は、継ぎ足しの黄金色なんかじゃないんだ。   
 
 黄金色の羽が相手をありもまま受け入れる機会を奪ったんだよ。 

 僕は最後にそう呟き、眠りに落ちた。

     *    

 私の隙だらけの背中に人々が当たり前に持っている羽はない。ただ大きな傷が二つの楔のように残っているだけだ。
 隣には綺麗な薄い金髪とそれによく似合う黄金色の羽を持ったあなたがいる。

「あなたにはなぜ羽がないの」

 少し前に尋ねられた私はこう答えた。

訳あって(分け合って)無くしちゃったの」

     Fin.
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