#11

文字数 2,425文字

「ねぇ、一緒に暮らさない?」

 彼女はいきなりそう言った。
 話が飛躍しすぎている。そう思った。どう言う経路を辿ったらそんな頼み事が出てくるのかと。その一方で、しょうがないとも思っていた。
 彼女は黒い羽にとても苦しめられてきたはずだ。不幸を呼ぶと噂されているから近づくものはいなかっただろう。そんな中、僕が彼女を認める発言をしたのだ。
 いくら本心ではなかったからと言って、咄嗟に出ただけだからと言って、こんな寂しい思いをしてきた少女に抱かせた希望を平気な顔して奪い去るような真似、僕にはできない。
 だから了承した。不幸を呼ぶと噂される黒い羽を持った彼女との共同生活を。

「そうと決まったからにはまず自己紹介から始めなきゃ」

 先ほどまでのしんみりした空気はどこへ行ったのか彼女は話を進める。

「私はね、アスセナ・ネグロっていうの。どうぞアスセナって呼んで」

 それから、彼女は羽が黒かったせいで、両親に捨てられたと言うことを話してくれた。
 ほぼ初対面の僕にそんな話をするなんて。どれだけ溜め込んでいたのだろう。
 物心ついた頃にはもう両親はおらず一人で生きていくしかなかった。もちろん都市になどいけるはずもなく貧民街を彷徨うしかなかった。
 しかし、そうは言っても黒い羽を持つものは貧民街にも居場所なんてない。
 盗みを働いたりして日々の食料を見つけ、かろうじて生活していたらしい。
 僕の境遇も似たようなものだった。
 僕の名前は、アレグレ・ドラドという。僕の持っている羽は彼女と正反対の黄金色だ。でも、僕にはそれが災いした。
 僕の両親は僕が黄金色の羽を持っているからと僕をまだ幼い頃に働きに出した。自分たちは何も働かずに毎日酒を飲んでばかりいた。
 彼らは、黄金色の羽を持つものが優秀だと信じて儲かると考えたのだろう。
 しかし実際はそんなことがあるはずがなかった。僕は単なる少年で、子供が一人でろくに働けるはずがなかったのだ。
 しかし僕の両親は金を稼げと言った。当然のように僕は盗みを働くようになっていった。
 そうして僕たちは出会ったのだ。お互いの盗む標的が重なって、現場で鉢合わせてモタモタしている間に気づかれた。
 盗みに入っていたのが何かの組織の建物だったことが災いした。僕たちは命からがら逃げるしかなかった。
 情報の共有はこんなところか。
 お互い自己紹介も済んで僕とアスセナは寝る場所を探すために歩き出した。
 一日中慣れない地区を歩き回った。それにもかかわらず、ぴったりの場所は見つからない。路上で寝るのは追跡者たちにバレたら面倒なことになる。これ以上逃げ切れる自信が僕にはなかった。
 だからといって屋内を探そうとしても貧民街で場所が余っているはずがないのだ。しかも部外者が迷い込んですぐに見つかるようなところに都合の良い建物はない。
 あたりがすっかり暗くなってしまったので家の捜索は諦めてとりあえず今日一日は野宿しようということになった。
 風があまり吹かない寝やすい場所を今度は探し歩く。すると通りすがりの深緑の羽を持った女性が僕たちに声をかけた。

「君たち、まだ子供じゃないか。こんな遅くに貧民街を歩いていて大丈夫なの」

 大丈夫じゃない。心の中ではそう思っていても口に出して言えるわけがない。しかし、彼女はそれを察したのか僕たちを誘ってくれた。

「私の家に泊まっていかないかい。満足するほどではないかもしれないけどいくらか食事は用意で
きるし、屋根もついてる。寝る場所は地べたになるけどそれでいいなら歓迎するよ」

 願ってもないことだった。しかし、なんとも疑わしい。
 貧民街の人はみんな余裕がないものだ。他人のことなどかまっていられるだろうか。
 アスセナと顔を見合わせる。彼女はマント代わりの布をギュッと握りしめて小さく頷いた。

「本当にいいんですか」

 彼女の邪魔になってはいけない。そう思って聞き返す。

「あんたらはまだ子供じゃないかい。子供が遠慮なんてするもんじゃないよ」

 よかった。
 僕らを誘い込む罠である可能性もあるが、食糧と住む場所があるのはありがたい。ひとまず彼女を信用してみることにする。
 彼女についていく。その家は、貧民街の外れにあった。
 貧民街にしては家の作りがちゃんとしている。

「ささ。入って」

 導かれて入った家の中にはもう一人男の人がいた。
 僕たちに気づいてこちらを睨む。彼の羽は黄緑だ。

「あの人はイシェル・ニウ。私の夫さ。ああ見えて根は優しいから気安く呼んでいいよ」

 それを聞いてほっとした。いきなり拒絶されるかとヒヤヒヤした。

「イシェルだ。よろしく」

 彼が言ったのに合わせて僕らも頭を下げる。同系色の羽の夫婦とは珍しくはないが少し驚いた。

「ええと、あなたの名前は…」

 夫の紹介と家の説明は張り切ってやったのに、彼女は自分の名前をまだ言っていない。
 せっかちな人だ。そして、楽しそうな人だ。そう思った。

「ああ。まだ言ってなかったね。私はゼレナー・ニウっていうよ。ゼレナーさんって読んだおく
れ。じゃあ、他に質問はないかい」

 僕は特にはない。

「私も、ないです」

 ゼレナーはうなづく僕たちを見回して、キッチンに向かった。
 しばらくして出てきたのは見たことのない量の料理だった。
 普通の人からしたら多くはないどころか少ないくらいなのだろう。しかし、ろくにちゃんとした料理を食べてこなかった僕からすると十分豪華だった。
 生涯でこれほどのものが食べられるとは思わなかった。
 それはアスセナも同じなのだろう。彼女は布を握りしめたまま固まっていてどうすれば良いかわからない様子だった。

「さあ。たらふく食べな。寄せ集めだから足りないかもだけど」

 そんなことはない。僕とアスセナは首を大きく横に振った。
 そして手と口を動かす。生まれて初めての分量を食べ、逃げてきた疲れもあって僕たちはすぐに眠ってしまった。
 後から思うと、後片付けを手伝えなかったのは申し訳ないと思う。
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