#6

文字数 2,335文字

 さらに数日間、私は家の中に籠ったままだった。
 一日の大半をベッドの上で過ごす。そんな日々が続く。
 流石に五日も経つとそれには飽きてきてしまい、アレグレとともに再び再び商店街に出かけることになった。
 久しぶりの外出とはいえ、外の雰囲気は以前とあまり変わらない。しかし、以前の体験によって、街の人々の私とアレグレに向けられた視線は以前にも増して気になっていた。
 ——アレグレは悪くない。彼は優しいのにどうしてこんな扱いを受けなければならないの?
 私は心の中でずっとつぶやいていた。
 そんなことを思いながらぼうっと歩いていると、
 ドンッ
 誰かが私にぶつかった。
 ごめん。と謝るより先にそのぶつかった白い羽の男は私に怒鳴った。

「前向いて歩けよ。金色の羽のせいで前が見えなくなっちまったのか」

 あからさまな悪意ある行為だ。私の羽を妬んで行ったのだろう。言い返そうと前のめりになる。
 しかし、アレグレが私の腕を優しく掴んで止める。

「僕の連れがごめんなさい。気をつけるよう言い聞かせておくので、今回は許してもらえません
 か。ぶつかっていたい思いをしたのはお互い様ですし」

 ぶつかってきた男は口を開いて言い返そうとしたようだが、これ以上やると騒ぎが広がって警察を呼ばれると思ったようだ。

「羽なしが。覚えてろよ」

 と、捨て台詞を残して走り去っていった。
 呆気に取られて立っている私にアレグレは優しく微笑みかける。

「大丈夫だったかい。ああ言う人がたまにいるから気をつけて」

 私の手を取って商店街を回るのを再開する。
 そうこうしているうちに昼食の時間になった。

「何か食べようか」

 アレグレが私を誘い、路地を少し入った場所にあるレストランで私たちはご飯を食べることにした。

「お邪魔します」

 暖簾をくぐって引き戸を開けるとそこでは多くの人たちで賑わっていた。
 だがその賑わいが一瞬覚めるのを私は感じた。彼らがアレグレの羽のない背中に視線を投げかけた時である。
 案内されたテーブルを囲んで出される水とメニューを待つ。
 しばらく待たされてウエイトレスが運んできたのは一杯の水と一つのメニューだけだった。彼は一人に数えないとでも言うつもりだろうか。
 この同じテーブルに二人いるのが見えないのだろうか。私はあからさまな嫌がらせに憤る。
 それとは反対に、アレグレは極めて穏やかにウエイトレスに向かってう言った。

「すみませんがもういっぱい水をいただけませんか。喉が渇いてしまって」

 そんなへりくだった態度で接しなくてもいいだろう。私はますます不機嫌になる。
 出された料理も酷いものだった。
 他の客とは明らかに対応が違っている。
 私は始終むすっとした感じでご飯を食べていた。
 それに対して彼は食べながら時々「これおいしくない?」「どの料理が好き?」と声をかけてくれる。この料理がまずいのは彼もわかっているだろうに。
 彼が以前作ってくれていたものの方が断然美味しかった。
 私はもう半分彼と出かけたことを後悔している。
 アレグレは単に優しいのだろうか。それとも、本当に鈍感なのだろうか。とても疑問に思うほど彼は周りの尖った空気を流していた。
 そんな周りからの悪意を実感させられた昼食を終え、家に向かう。
 家に着いたのは午後二時ごろ。まだまだ昼真っ盛りだ。
 日光の温かい光とは裏腹に私はアレグレに向けられた視線は冷た買った。
 私はそれが忘れられず苦しかった。

「ねえ——」

 少しでもアレグレの慰めになればと思ってたくさん話しかけた。
 彼の作ってくれる料理について。商店街の話。知り合った古本屋の店員のこと。
 アレグレは笑顔で相槌をところどころ打ちながら私の話に耳を傾けてくれた。楽しそうでよかった。
 もちろん彼の羽や黒い羽の話はしない。彼を傷つけたくはなかった。
 その中で、私は彼に料理を教わったのだ。
 彼の助けに少しでもなれたらと思って。

 
 私が彼に習ったのは卵焼きとお粥の作り方だ。
 まず、彼から習ったのは卵焼きの作り方だ。彼の作る卵焼きは綺麗な黄色で、味も染み渡っていて美味しい。
 私もこんなものが作れたら。そう思ったのだ。
 方法は簡単そうだった。材料を泡立てないように混ぜ合わせ、三分の一ずつフライパンに流し入れて巻いていく。それだけ。
 でも、それだけの作業がなかなかできない。
 卵を入れすぎたり、ゆっくりしすぎて卵焼きが焦げてしまったり、巻けたとしても不恰好だったり。
 満足するような卵焼きがつくれたのは初めてから三時間ほど経った頃だった。

「やっとできた」

 私がそう言ってエプロンを外そうとすると、容赦なく彼は続けた。

「じゃあ、今度はお粥を作ろう」

 えっ。まだやるのか。私は憂鬱なオーラをアレグレに伝わるように醸し出す。しかし彼は何もなかったかのように準備を始めた。
 天然だと思いたいところだが、彼の羽が黒色だったことを考えると、わざと周りの悪意に気付かないように自分を押し殺していたのかもしれない。
 そんなことを考えるとせっかく明るくなった気持ちがどんどん沈んでいく。「今は楽しむ時」自分にそう言い聞かせ、ほっぺをペチンと叩いて料理の練習に戻る。
 今回も、急ぎすぎて生煮えだったり、パニックになって何故か分量を間違えることもあった。
 一時間経ってやっと彼が作るものとまではいかなくてもそれっぽいものができた。
 今夜の夕食は私が作った大量の出来損ないと僅かな成功物である。
 これには流石のアレグレも眉を顰めた。
 おいしくない上に量が多い。これでは彼を助けるはずが余計な迷惑をかけてしまうことになるだろう。でも、彼は少し楽しそうに微笑んでいたからまあいいとしよう。
 久しぶりに心から楽しいと思える夕食だった。
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