#8

文字数 2,010文字

 一日が終わり、帰ってきたランギに私は駆け寄って謝った。

「ごめんなさいっ」

 何があったか分からずに戸惑う彼女に一日の出来事を詳しく話して聞かせる。

「実は今日——」

 彼女は頷きながら話を聞いてくれた。私が話終わって言う言葉を失っていると、

「大丈夫、リリィは悪くないよ。万引きは正直言うと時々発生するし、気にしなくても大丈夫。そ
 れより初めてなのにそれは疲れたでしょう。一人にごめんね」

 そう声をかけてくれる。それのおかげで私もだいぶ気持ちが落ち着いた。
 ランギと一緒に店を閉め、彼女に連れられて家に帰る。
 ランギと別れて家のドアを開けるとそこにはアレグレがいた。彼は私に気づいてこう言った。

「大丈夫?なんだか泣きそうな顔をしているよ」

 その言葉を聞いた瞬間涙が溢れてきた。
 私は悲しかったのだ。悔しかったのだ。
 アレグレがバカにされ流のを横で見ていて、それに対して何もできないばかりでなく、自分に関しても無力だった。
 己の欠点を面前に突きつけられたようだったのだ。
 涙を堪えられずに嗚咽を漏らす私をアレグレは優しく抱きしめてくれた。
 何も聞かずにただ私の背中を優しく摩ってくれる。聞きたいこともたくさんあるだろう。
 でもアレグレは私が落ち着くまで隣でずっと待ってくれた。
 彼は優しい。そして、彼は強い。私はそう感じた。
 その日は疲れてそのまま寝てしまったので、アレグレにことの経緯を説明したのは次の日になってからだった。


 翌日に私が彼に説明したのは昨日あったことだけで、涙の理由の全てではない。それにしては私の語ったことが少なすぎることに彼も気づいているはずだった。
 しかしアレグレは深くは聞かなかった。私の語る内容をただ聞いて、私を慰めてくれていた。
 その日は出かける余裕もなかったので商店街に行ったのは翌日だった。
 古本屋に足を運んで店番をする。ランギに昨日無断で欠席したのを謝るのも忘れない。

「いいよ全然。あんなことがあったらしょうがないって」

 気を悪くさせてはいなかったことに安堵するも、これからは気をつけなければいけない。
 会計の席に座って私はより一層店内を厳しく見まわした。
 古本屋を訪れる客は黄金色の羽を持つ私の噂が広まったのか初めてきた時より増えていた。万引きも増えるだろうと警戒を強める。

「君の羽、綺麗」

 客の中にはそんなふうに多子の羽を誉めてくれる人もいた。
 しかしそれに嫉妬してか冷たく接する人も多かった。でもそれに対してこちらは店員なので忍耐して接するしかない。
 店番を通して大分忍耐力が高まるのではないかと少し期待した。

「君の羽、頂戴よ」

 そんなふうに声をおかけてくれたのは薄紫の羽を持った若い男性。
 もちろん断るつもりだったが、好奇心が出てしまった。

「そんなことができるのですか」

 そう聞き返す。

「聞くところによると——」

 彼は説明を始めた。
 しかしその話は周りにいた客によって遮られた。

「おい。与えられた自分の羽を交換するなんて失礼だと思わないのか。やめろ」

 薄紫の羽を持った男性はそう言われて極まり悪そうに古本屋を出て行った。あまり公衆の面前でできる話ではないのだろう。
 私は少し残念に思っていた。
 それからその日一日で羽の交換に関する話をする客は現れなかった。
 しかしこのままでは寝覚めが悪いので閉店準備をしている時にランギに尋ねた。
 私の話を聞いた彼女は「なんてことを」と少し驚いた様子だったが小声でその話について教えてくれた。
 店には二人しかいないので聞かれる心配はないのに。
 聞くところによると噂程度に囁かれている伝説があるらしい。
 昔友人に羽を譲り渡そうと自分と相手の羽を取り替えた人がいたんだと。その羽の移し替えはうまく行った。
 でも羽を譲った人には天罰が当たったという。
 具体的にどんな罰だったかはランギも知らないようだった。
 彼女の説明を聞いて私はふと思う。
 私の羽にそこまでの意味があるのだろうか。
 伝説で語られている天罰を受けるとしてもなお欲しがるほどの価値があるのだろうか。
 もちろん薄紫の羽の客はただ軽く冗談のつもりで言ったのだろう。しかし私の心にはその言葉が喉に刺さった魚のように消えないむず痒い感触を残していた。
 むず痒い感覚の消えないまま、私は家にいることと商店街で見せ版する日々を繰り返す。そしてアレグレに羽を譲ってもいいと考えるようになっていった。
 記憶をなくした私を目覚めた時から助け、守ってそばにいてくれた彼。私の辛さに寄り添ってくれて、いつも優しい顔で微笑みかけてくれた彼。
 アレグレにはいつまで経っても返しきれないほどの恩がある。
 私の黄金色の羽があればアレグレの不幸の大部分は良くなるだろう。
 もちろんあなたに羽を譲ったら私の羽はなくなってしまうだろう。
 それでもアレグレにならあげていいと思った。伝説にある天罰など甘んじて受けてやろうと思った。
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