#3
文字数 2,427文字
それから数日間は家を出たくなかった。外に出てもアレグレが悪意に晒される姿を見るだけだろう。何もできない自分に胸が苦しくなる。
そう感じてしばらくは引きこもっていたが、それでは何もできないと思い直し、再び商店街に足を運ぶことにした。
今度は隣にアレグレさんはいない。
初めての一人での外出でもあった。
今日の商店街も先日と変わらないくらい人が多い。また避けられるかと心配になったが、案外そう言うことはなく、時々私の黄金色の羽に驚きの目線を投げる人がいるくらいだ。
八百屋を回って果物屋を通り過ぎ、少し歩くと古本屋があった。
少し興味を持ったので物色していると、透き通った水色の羽を持った店員が声をかけてくれた。
彼女はランギ・アイルというそうだ。
「君、昨日羽のない人と一緒に歩いていたよね」
アレグレさんについて話しかけられ、身を硬くする。また悪口を言われるのではないかと心配になった。しかし、彼女は思いがけないことを言った。
「彼、羽ないんだよね。もしかして自分で切り落としたとか?」
えっ。
そんなことは考えたことがなかった。
確かに彼の背中についていた傷は、切り落とされたと考えると説明がつく。そんなことは考えられたはずなのに私はずっと彼は生まれた時から羽がないのだと思っていた。
あたりまえだ。周りの人が全員羽を持っているのを見ても、まさか羽のない人が自分で切り落としたのだとはつゆほども考えなかった。
「どうしてそう考えたのですか」
根拠が気になった。普通羽がないなら、小さすぎて見えないだけか先天的にないと考えるのが普通だと思ったから。
「まずね、私たちの羽はこの世界の神様が一人に一色、色と共に与えられたものだから必ずあるはずなの。病気でも羽だけは絶対にあるだから、羽がないと周りから浮いてしまうの」
そうか。だから商店街を歩く人々全てに羽があるのか。納得した。
でもそう語る彼女の顔が狂信がかっていたのはきにかかった。私の単なる思い込みだろうか。
「それから、与えられる羽は大きさはさまざまと言っても彼の背中は平坦すぎたから。自分で切り落としたんじゃないかって考えたの。アレで見えないくらいの大きさは見たことがないわ」
羽は与えられたもの。私の羽もそうなのか。
そう入っても特に感慨は湧かない。当たり前に持っているからだろうか。
「そして、ある噂があって、自分の羽を切り落とした人がいるらしいの。その人は黒い羽を持っていたらしいんだけど——」
そこまで聞いたところで、あたりがザワザワし始めた道の中央まで群がっていた人々が端っこに避けていく。
何があったのか気になってランギに礼をいい、店を離れると、黒に近いグレーの羽を持った一人の男性が一人ぽつんと歩いていた。
彼は見窄らしい格好をしている。商店街を歩く人のほとんどは薄いブラウンや白などの色の清潔な衣服を着ていたが、彼の服は一目でわかるほど汚れていた。周りの人とは明らかに色が違う。
この人は商店街に似合わない。ふとそう思って、自分に言い聞かせる。
——人に似合う場所も似合わない場所もない。勝手に似合わないと決めつけるなんて彼に失礼だ。
見ると彼が歩くのに合わせて人々も移動している。皆が彼をみないようにしていた。
私は気になって彼に向かって踏み出そうとした。
その時、後ろから腕を捕まえられた。振り返るとランギがが目を瞑って首を横に振った。
「やめておいた方がいい。関わっちゃだめだよ」
——どうして?
聞き返そうとしたが彼女に引っ張られ、私は店に再び入る。
「どうして関わってはいけないんですか」
突然引っ張られたのに驚いて、幾つか深呼吸しながら彼女に尋ねる。
「黒い羽は、不幸を呼ぶからよ」
そうしてそう言えるのだろう。確かに他の色に比べて少し異質な感じはしたが、それだけだった。
「そう言う噂なの」
——噂?ただそれだけが根拠なのか。
噂というだけでそんな酷い扱いを受けるのか。
意味がわからなくなり古本屋を飛び出す。後ろで呼び止める声がしたが気にしない。忠告を無視して石畳の道を走る。グレーの羽を持った彼が歩いて行った方角に。
あたりはまだ明るい。
太陽は西、私の向かう方角にあった。
彼を見つけたのは家々の間を縫った路地でだった。
そこは大通りに比べて随分薄暗く、うすら寒い。
いた。
彼に駆け寄って声をかける。
「えっと、大丈夫、ですか」
彼は怯えて動けないようだった。
目を見開いてじっと私を見つめている。肩は震えていた。
返事がないようだったので質問を変える。
「じゃあ、あなたの名前は?」
「——」
しかし、それでも彼は口を開かない。
人に聞くにはまず自分から。思い直して自己紹介を始める。
「私は、リリィ・ドラドっていうの。あなたの名前を教えてくれない?」
「——何をするつもりだ」
何って。どう意味だろう。
「俺に話しかけて、何が目的だ」
彼は低い声で言った。
そんなに私は怪しかったのだろうか。心の中で首をかしげる。
「目的も何も、あなたがなぜそんなに嫌われているのか知りたかったの」
「羽が黒いからだよ」
それ以外に理由はない。と彼は突き放すように言った。
「なんで羽が黒かったら疎外されるの。意味がわからない」
「そんなこと知らないよ。俺には関係ない」
彼は下を向いたまま答えてくれた。
彼自身森不審に思っているのか。それとも諦めているのか。どちらとも取れるような声だ。
「関係はあるでしょ。実際、嫌じゃないの」
「嫌だよ。でも何にもできやしないよ」
諦めていることがよく伝わった。でも私も特にいい方法は思いつかない。
私には話を聞くことしかできないのだ。
でも、知らないことはさらに悪いことに思えた。
「あなたの過去を、教えてくれない?」
すぐに答えてもらえるなんて思っていない。ただ、私が彼のことを気遣っていることが伝わればよかった。しかし、彼は彼の名前とそのこれまでを教えてくれたのだ。
そう感じてしばらくは引きこもっていたが、それでは何もできないと思い直し、再び商店街に足を運ぶことにした。
今度は隣にアレグレさんはいない。
初めての一人での外出でもあった。
今日の商店街も先日と変わらないくらい人が多い。また避けられるかと心配になったが、案外そう言うことはなく、時々私の黄金色の羽に驚きの目線を投げる人がいるくらいだ。
八百屋を回って果物屋を通り過ぎ、少し歩くと古本屋があった。
少し興味を持ったので物色していると、透き通った水色の羽を持った店員が声をかけてくれた。
彼女はランギ・アイルというそうだ。
「君、昨日羽のない人と一緒に歩いていたよね」
アレグレさんについて話しかけられ、身を硬くする。また悪口を言われるのではないかと心配になった。しかし、彼女は思いがけないことを言った。
「彼、羽ないんだよね。もしかして自分で切り落としたとか?」
えっ。
そんなことは考えたことがなかった。
確かに彼の背中についていた傷は、切り落とされたと考えると説明がつく。そんなことは考えられたはずなのに私はずっと彼は生まれた時から羽がないのだと思っていた。
あたりまえだ。周りの人が全員羽を持っているのを見ても、まさか羽のない人が自分で切り落としたのだとはつゆほども考えなかった。
「どうしてそう考えたのですか」
根拠が気になった。普通羽がないなら、小さすぎて見えないだけか先天的にないと考えるのが普通だと思ったから。
「まずね、私たちの羽はこの世界の神様が一人に一色、色と共に与えられたものだから必ずあるはずなの。病気でも羽だけは絶対にあるだから、羽がないと周りから浮いてしまうの」
そうか。だから商店街を歩く人々全てに羽があるのか。納得した。
でもそう語る彼女の顔が狂信がかっていたのはきにかかった。私の単なる思い込みだろうか。
「それから、与えられる羽は大きさはさまざまと言っても彼の背中は平坦すぎたから。自分で切り落としたんじゃないかって考えたの。アレで見えないくらいの大きさは見たことがないわ」
羽は与えられたもの。私の羽もそうなのか。
そう入っても特に感慨は湧かない。当たり前に持っているからだろうか。
「そして、ある噂があって、自分の羽を切り落とした人がいるらしいの。その人は黒い羽を持っていたらしいんだけど——」
そこまで聞いたところで、あたりがザワザワし始めた道の中央まで群がっていた人々が端っこに避けていく。
何があったのか気になってランギに礼をいい、店を離れると、黒に近いグレーの羽を持った一人の男性が一人ぽつんと歩いていた。
彼は見窄らしい格好をしている。商店街を歩く人のほとんどは薄いブラウンや白などの色の清潔な衣服を着ていたが、彼の服は一目でわかるほど汚れていた。周りの人とは明らかに色が違う。
この人は商店街に似合わない。ふとそう思って、自分に言い聞かせる。
——人に似合う場所も似合わない場所もない。勝手に似合わないと決めつけるなんて彼に失礼だ。
見ると彼が歩くのに合わせて人々も移動している。皆が彼をみないようにしていた。
私は気になって彼に向かって踏み出そうとした。
その時、後ろから腕を捕まえられた。振り返るとランギがが目を瞑って首を横に振った。
「やめておいた方がいい。関わっちゃだめだよ」
——どうして?
聞き返そうとしたが彼女に引っ張られ、私は店に再び入る。
「どうして関わってはいけないんですか」
突然引っ張られたのに驚いて、幾つか深呼吸しながら彼女に尋ねる。
「黒い羽は、不幸を呼ぶからよ」
そうしてそう言えるのだろう。確かに他の色に比べて少し異質な感じはしたが、それだけだった。
「そう言う噂なの」
——噂?ただそれだけが根拠なのか。
噂というだけでそんな酷い扱いを受けるのか。
意味がわからなくなり古本屋を飛び出す。後ろで呼び止める声がしたが気にしない。忠告を無視して石畳の道を走る。グレーの羽を持った彼が歩いて行った方角に。
あたりはまだ明るい。
太陽は西、私の向かう方角にあった。
彼を見つけたのは家々の間を縫った路地でだった。
そこは大通りに比べて随分薄暗く、うすら寒い。
いた。
彼に駆け寄って声をかける。
「えっと、大丈夫、ですか」
彼は怯えて動けないようだった。
目を見開いてじっと私を見つめている。肩は震えていた。
返事がないようだったので質問を変える。
「じゃあ、あなたの名前は?」
「——」
しかし、それでも彼は口を開かない。
人に聞くにはまず自分から。思い直して自己紹介を始める。
「私は、リリィ・ドラドっていうの。あなたの名前を教えてくれない?」
「——何をするつもりだ」
何って。どう意味だろう。
「俺に話しかけて、何が目的だ」
彼は低い声で言った。
そんなに私は怪しかったのだろうか。心の中で首をかしげる。
「目的も何も、あなたがなぜそんなに嫌われているのか知りたかったの」
「羽が黒いからだよ」
それ以外に理由はない。と彼は突き放すように言った。
「なんで羽が黒かったら疎外されるの。意味がわからない」
「そんなこと知らないよ。俺には関係ない」
彼は下を向いたまま答えてくれた。
彼自身森不審に思っているのか。それとも諦めているのか。どちらとも取れるような声だ。
「関係はあるでしょ。実際、嫌じゃないの」
「嫌だよ。でも何にもできやしないよ」
諦めていることがよく伝わった。でも私も特にいい方法は思いつかない。
私には話を聞くことしかできないのだ。
でも、知らないことはさらに悪いことに思えた。
「あなたの過去を、教えてくれない?」
すぐに答えてもらえるなんて思っていない。ただ、私が彼のことを気遣っていることが伝わればよかった。しかし、彼は彼の名前とそのこれまでを教えてくれたのだ。