第11話 燃えたゆりかご

文字数 1,465文字

 決定的な事件が起きたのは、残雪(ざんせつ)が乳母として奉職し、春北斗(はるほくと)と共に宮城に部屋を与えられてから一年が過ぎた頃。
女皇帝が、私の可愛いお星様達のゆりかごと言って気に入っていた子供用のベビーベッドが何者かに燃やされたのだ。
テントのようになっていて、中には布製の可愛らしい鳥や星の形のオーナメントが吊るされ、遮光の為の美しいレースやリネンの布で覆われた贅沢で可愛らしいものだった。
それは無惨に骨組みだけ残して焼け落ちた。
残雪(ざんせつ)はやはりショックで、すぐに残骸を片付けて焼けた壁紙や床材を施工し直す手配を始めた。
城に上がって初めて怖いと感じた。
それは子供達や双子家令の山雀(やまがら)日雀(ひがら)と庭園に出ていたわずかな時間。
にわかに城が騒がしくなり、蓮角(れんかく)が血相変えて知らせに来た。
部屋に戻ると、火は消し止められていたが、ベビーベッドと窓際の壁や天井が焼け焦げていた。
五位鷺(ごいさぎ)八角鷲(はちくま)が話をしていた所に、残雪(ざんせつ)は近付き、子供達は無事である事を伝えた。
女官達が、蓮角(れんかく)と女官長から心配しないようにと言い含められていた。
「乳母様、この度は大変なご心配をお召しでございましょう。後宮を預かる私の不手際でございました。お詫び申し上げます」
残雪(ざんせつ)に女官長はそう言うと頭を下げた。
「女官長様。・・・あなたのせいではないもの」
「いや、残雪。これは、間違いなく、宮廷の一切を預かる女官長と我々家令、私の落ち度だ」
五位鷺(ごいさぎ)がそう言った。
残雪(ざんせつ)は子供達を双子家令に託して女官長と五位鷺(ごいさぎ)を部屋の中へ誘導した。
「乳母様、これまでもお持ち物が損なわれる事もおありでしたと伺いました。・・・私が申し上げますのも心苦しいのですが、そのような不心得者が女官の中におりますとしたら、なんとお詫び申し上げたらよいのか」
「いや、こちらも。つい、陛下にご心配を頂かないようにという配慮が裏目に出た。悪意がエスカレートしたのだから、早い段階で対処しなければならなかった」
五位鷺(ごいさぎ)が今後は家令が厳しく女官を取り調べるようになると女官長に告げ、彼女はやむ無しと頷いた。
「太子様と乳母様に害意ありやとなれば、それは当然です」
残雪は、いえ、と首を振った。
「確かに、陛下から賜りました宝石箱(エクラン)を壊した理由の対象は私でもありましょう。あの月の(ネックレス)は私が陛下から賜ったものだと言うのは周知の事実だから。でも今回は私じゃない。五位鷺(ごいさぎ)よ」
五位鷺(ごいさぎ)は舌打ちした。
「思い当たる節ばかりだ。しかし、なぜ」
残雪(ざんせつ)は女官長に向き直った。
「女官方の事は、女官長様が一番ご存知の事でしょう。お后妃(きさき)様付きの女官の方で、お暇を頂いてお戻りになられた方はおられますか?」
「・・・乳母様」
言ったきり黙ってしまう。
「女官長殿、それは総家令(わたし)の前では言いづらい事ですか?」
五位鷺(ごいさぎ)が迫った。
「では、陛下に申し開きされればよい」
女官長の顔色が変わった。
五位鷺(ごいさぎ)、そんなこと言ってはだめよ。・・・総家令、女官長様、私は宮廷の事には不案内でございますから、これは私が口を挟むべき事ではないかもしれません。けれど、私が銀星(ぎんせい)太子の乳母を賜っている以上、太子様のお健やかな日々をお守りする義務があります。私共誰もが、良くあれかしと願っているのは同じ。女官長様、どうぞお話しくださいまし」
残雪がそう言うと、女官長は深く礼を尽くした。
「・・・乳母様、私も職を()して申し上げます。これは、後宮が大事になる内容でございます。どうぞ、家令方のお配慮で()って、お収めくださいませ」
それから彼女は、静かに話し始めた。
その内容に、さすがの五位鷺(ごいさぎ)も絶句した。
粛清(しゅくせい)が始まる予感に、残雪は心許無くため息をついた。
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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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