第5話  十一《じゅういち》

文字数 1,967文字

 極北の前線基地を総家令が訪れていた。
大国同士、また周辺の中小国家同士が睨み合う、防衛の最前線。
現在の皇帝が女性と言う事もあり、代理で総家令が度々、視察として訪れる機会が多い。
対応はめんどくさいが、女皇帝が用意させたと言う品物は部下の兵士達を喜ばせるだろうと十一(じゅういち)は私室のデスクの上の目録を眺めた。
必要な予算を議会に上げてもその半分も通った事は無いが、家令を通すとすんなりとそれ以上のレスポンスがある。
「家令め・・・」
こんなに有益で便利なもの、もはや害悪ではないだろうか。
特に、格別に優秀で女皇帝の信頼も篤いこの総家令はいつか足元を(すく)われるに違いない、と十一(じゅういち)五位鷺(ごいさぎ)を眺めた。
この男は、元老院筋の正室すら女皇帝から遠ざけたのだから。
「不足分があれば後で八角鷹(はちくま)を寄越すからまとめといてくれ」
そう言って五位鷺(ごいさぎ)は冷蔵庫から勝手にビールを出して飲み始めた。
「いや、いい、十分。あっちもこっちも足りなくて往生していたところだから助かる」
「軍隊を養うには金がかかるからな。城の人間はスポーツやレースと一緒だと思っているフシがあるから、ただ睨み合ってるだけの今の状況じゃちょいちょいいいニュースが無いとそりゃ予算なんかつかんわ。大体、こんなに書類を上げたり下げたりしち面倒くさいことしないで、お前が城に家令で入れば予算なんか通るのに」
「冗談じゃない。家令なんて願い下げだ」
十一(じゅういち)は家令の父を持つ、いわゆる蝙蝠(こうもり)だ。
鳥の名前を持つ家令にあらず、しかし近しいもの。
「たまのバイトだって嫌で仕方ないんだ」
人員確保で時たま宮城の遣いをさせられたり、神殿(オリュンポス)や式典に参加させらたりするが、やりたいわけじゃない。
自分が属する軍に置いて多少の融通が効くから、家令業務の下請けをしているだけ。
五位鷺(ごいさぎ)が、あとこれ、と箱をテーブルに乗せた。
大きな箱に赤と緑と金色のリボンで華やかなクリスマス風のラッピングがしてある。
クリスマスプレゼントかと十一(じゅういち)(いぶか)った。
五位鷺(ごいさぎ)は勝手にバリバリと包装を破って、中からバスケットを取り出す。
ワインやチーズやチョコレート、色とりどりの砂糖菓子(コンフィズリー)、フルーツケーキが盛り合わせてある。
どれも品質が良く、趣味の良さを感じる品物。
十一(じゅういち)はワインの瓶を手渡されて、かなりいいワインなのに驚いた。
海外の古いぶどう(シャトー)のワインだが、近年、木の病気と相続をめぐる問題でゴタゴタして廃業の危機と聞いていた。
販売輸入元に国内の企業の名前があり、意外だと頷いた。
青蛙本舗(カエルマーク)で買ったのか。何にしてもあの良いぶどう(シャトー)が守られたなら良かった」
カエルマークは嗜好品を広く扱う企業で、輸入したり輸出したりする卸問屋かつ小売店だ。
「そうらしい。木の病気の心配ももう無いようだよ。このカゴは奥さんから。このカードは陛下から」
「は?」
聞き慣れぬ単語に十一(じゅういち)は戸惑いながら、クリスマスカードを受け取り、一読して絶句した。
いかにもなデザインの可愛らしいカードだが、内容は脅迫状である。
内容は、"48時間後に、棕櫚(しゅろ)家へ佐保姫残雪(さほひめざんせつ)を迎えに行き、速やかに総家令邸に送り届けよ。結婚式につき(わずか)の遅延、過失、瑕疵は許さぬ"と言うもの。
「は?棕櫚(しゅろ)?あの継室候補群の家?カエルマークの?何?この戒名みたいな長い名前。総家令邸って何だよ?結婚式?誰の?」
分からない事が多すぎる。
「うん。まず、カエルマークの棕櫚(しゅろ)な。で、その寿限無寿限無(じゅげむじゅげむ)みたいな名前が、当主の娘。あの家、双子が生まれやすいらしい。で、何らからの理由で双子が一人で生まれた場合は二人分の名前つけるんだと」
「・・・はあ、変わってんな。確かに、今の当主は双子だわな」
昔、城の式典で見かけた事があった。
同じ顔で同じ服で現れたものだから、紛らわしくて仕方なかったが、前々帝の水晶女皇帝が同じ顔だと面白がっていたのを覚えている。
「で、この度、その佐保姫残雪(さほひめざんせつ)嬢と結婚する事になった。その祝意として陛下から離宮を賜った」
「へぇ。それは別にいいけど。よく蛍石様が許したな」
「蛍石様のアレンジだからな。実は蛍石様が残雪にご執心なんだ」
「はあ?」
「継室候補群の家とは言えまさか女を継室に上げるわけにもいかないし、公式寵姫も無理だ。それに次ぐ何か立場を与えて官位を与えなければ城には上がれないだろ」
「総家令夫人で官位なんか取れるか?」
「そっちはオマケ。いずれ残雪は乳母として城に上がる」
「乳母?蛍石様はご懐妊されたのか?お前、もう子供がいるのか?」
「いや、だから、これからだ」
いよいよ困惑する。
「首尾良く行ったら、残雪(ざんせつ)は城に上がることになる。その時もお前が迎えに行ってくれ。陛下もそのようにお望みだ。皇女様の息子が露払いだ。箔がつく」
十一(じゅういち)の母親は確かに家令に嫁下した皇女。
「都合のいい時だけいい様に使いやがって」
「お互い様だろ」
ご機嫌な様子で五位鷺(ごいさぎ)がワインを開けて飲み干した。
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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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