第17話 神の目を盗む
文字数 3,615文字
離宮というのは本来、皇帝やその家族の静養の目的で作られたものだ。
その機密性から如何わしい事に使われた事も無いとは言えないが。
ここは、子供達が小さな小川のある庭で遊び回り、その中には女皇帝までいる始末。
水遊びはお腹が空くからと
赤と緑が同じ数づつの大きなりんご飴が入っていた。
「ありがとう、おチビちゃん達が喜ぶわ。弾ける飴もかけてある。最高ね!」
特に数は指定はしなかったが、子供達が喧嘩にならないまでも不公平が出ないようにという
王族と縁のある彼ならばそれほど角も立つまいと言う事での
「
断ろうとしたが、
長い潔斎明けでの寿司はあまりに魅力的。
残雪は赤いりんご飴を齧りながら話し始めた。
「そう言えばね、私、小学校の遠足で
「そしたら湖みたいなとこに出てね。お花がいっぱい咲いてて。楽しくなって遊んでたら、スタッフの男の人みたいのが、こりゃ困った、早く戻んなさいって道教えてくれてね。戻ったら先生に怒られたのよ。うちに帰って話したらまた怒られて。もうさんざん。不思議なのは秋の遠足なのに、桜の花が満開だったの」
「でもね、皆、そんなところないって言うの。確かに案内看板にもパンフレットにも無いし。私、隣の人のおうちの敷地にでも入っちゃったのかな」
「
残された家令二人の顔色が少々悪くなっていた。
「・・・神様に取られるところだったか」
家令でも無いのに、
不謹慎な表現であるそのスタッフというのは、神官として仕えていた家令の誰かだろう。
導かれたのがある程度の年齢であれば、よし来た新人!と言うところだが、それがさすがに小学生では困惑したろう。
彼は神の目を盗んで、
「その頃、
「貴重な神官見習いを失ったとも言えるが。・・・俺も
この
しかし、あの
仮にも総家令夫人、更に皇帝の愛し子の乳母となればもうちょっとそれらしくなってもいいものだが。
本来、宮城で家令見習いとして働き、酸いも甘いも海千山千、いずれ宮廷育ちの根性曲がりに育つはずの雛鳥達が、今や普通の健全な子供のように庭を走り回っている。
年端もいかぬのに、女家令よろしく自分の顔を見れば嫌味の一つも言って来る
窓の向こうでは、
その中の一番小さな男児が不思議そうにりんご飴を見ていたが、周りの子供が食べ始めるのを確認すると、自分も小さく齧りついた。
「世話をかけたな。あの子は
新しい名前が、あの傷を忌む事や、無かったものにするのではなく、ほんの多少でもプラスの印象が加わって弟弟子が成長して行けるならばと願いたい。
「・・・ひどい有り様だったよ」
そうか、と
「皇后は実家に預けていたらしいが。その先でまた出されたようでな。まともな扱いではないまま、食事も与えられずに、虐待にはならないギリギリでほぼ放置されていた」
「胸の火傷は?」
「皇后か、廃三妃の太子だろうな。自分で熱湯を浴びさせたようだ」
あんな幼児に強要したと言うのか。
宮廷で起きる少なくない陰湿な加虐。
自分にも覚えがある。
「・・・廃皇后には出来ないぞ。何せ元老院長の息子だ。
そう言った
女皇帝との子を正式に王太子にして、自分が王夫人となったら、見てろよ。
と言う事だ。
野心と言うにはあまりにも純粋な目的意識を前に、登り詰めて行くだろう兄弟弟子を眩しく、不安にも思う。
「
今はああやって、りんご飴を初めて見たと感激した様子で恋人と笑い合っている蛍石を見ると、信じられない程。
「不安は無いか」
問われて、
「不安。違和感。そんなもの事をやってしまえばどうでもよくなる。・・・ただ、そうだな・・・。もし、自分達がこうでなければと、考える事があるな。わずかにだけど。目が覚めてみたら、違う誰かに・・・、あー、つまり。俺が家令でなければ、
思いがけずの言葉に
産まれながらの家令が、家令である自身に矛盾や疑問などは感じない。
そして、あまり未来などに過剰な期待をしない。
ただよりよい今だけを選択し、つまり損得に敏感に現在を積み上げて生きていけと言われるからだ。
そのように産まれて育ち生きて行くものだから。
「雪に言ったら、それは俺が今幸せだからだそうだ」
人は今が不幸だから未来に希望を抱くものだと思っていたが、そうとも限らないようだ。
嬉しそうに
「だけどな、人は幸せになる為に生きるものだけど、ただ幸せになるようには出来てないらしい。雪がそう言ってた。確かになあ。でも、まあ、となれば話は簡単。このまま行けばいい。間違ってないと言う事」
話題を変えて、数ヶ月後に予定されたA国訪問について話した。
蛍石にとって久々の海外遠征となる。
「総家令はまた気疲れだな」
A国は、大統領制だが、そもそも多民族国家であり近年は民族独立の気運が高い。
周囲の小国とルーツが同じ者も多く、軋轢が生じているらしい。
治安が少々心配だろう。
また、会議や設宴で半月程かかる強行日程。
「まあ、往復路、鉄道一本だから、まだなんとかな」
この為に改修させたお召し列車を
「・・・そもそも王政を廃して大統領制にした国なんだけどな」
何を尊重し何を優先して国を運ぶのか。
その困難さを思うと、憂鬱になる。
「
「そうだろうな。ギルドはあちこちの国と商売をしているし、配偶者が外国人という場合も少なく無いからな。いろいろ聞こえて来るんだろう」
ギルドの情報網は驚くべきものだし、それは彼らの豊さの裏付けでもある。
その環境で育ったならば
彼女が
議会でのギルドの存在感は増すばかりだし、元老院の人間達も彼らの持つ能力を受け入れざるを得ない状況である。
当初は総家令夫人の父という事で、風当たりは強かったギルド議員長も、今や、元老院とギルド議員の良いハブとしての役割を果たしている。
小娘の浅はかさを詰り、宮城に関わればすり潰されるかもしれないのだと花嫁を脅した事が杞憂であれば良いと