第12話 双頭の悪魔

文字数 2,204文字

 月の雫という名前を冠された真珠の首飾りの納めらた花梨の宝石箱(エクラン)を壊したのは、正室付きの女官だと言う事が判明した。
正室は竜胆(りんどう)という。
元老院でも一、二を争う名家の出身。
五位鷺(ごいさぎ)が動機はと問うと、(わら)って見せた。
「動機などいくらもあるだろう。己に問うてみよ。卑しい家令の分際で、我の陛下を奪いおった」
竜胆(りんどう)は表情を変えずに言った。
「そもそも、まだこどもの蛍石が女皇帝として振る舞えたのも、我と我が一門あってのこと。しかも、あの月の雫は、我が公主にと思っておったもの。それを家令の子を産んだ乳母風情に下賜する等正しくないだろう」
なるほど、と五位鷺(ごいさぎ)が頷いた。
「皇后陛下。銀星(ぎんせい)太子殿下の乳母、つまり私の妻ですが。彼女への、皇后様の女官による不当な振る舞いについての女官への進退は陛下にお任せ致します」
竜胆(りんどう)が満足そうに頷いた。
そもそも自分の管理下にある女官についてあれこれと意見や判断等されるというのが不敬。
「更に、こちらの書面の内容は先程私の署名捺印を持ちまして実行されるものです。これより、こちらは封ぜられます」
竜胆(りんどう)は立ち上がった。
ガタガタという音が聞こえて、八角鷲(はちくま)が部屋のあちこちの窓に鎧戸を取り付けさせていた。
「こちらの扉は私が施錠致します」
「何をバカな事を!皇后を蟄居(ちっきょ)させるつもりか?!・・・元老院も黙っていない事は理解しているか?」
五位鷺(ごいさぎ)が首を振った。
「殿下、これは冷宮と言うものです。後宮において罪を犯した后妃(きさき)を処罰するもの。総家令とはその為にもいるのですよ」
冷宮措置になった后妃に下手に近づけば、己の身すら危い事になる。
元老院長だろうが、皇帝すら意見は出来ないのだ。
完全な孤立。
竜胆(りんどう)は憤怒の形相で五位鷺(ごいさぎ)を睨みつけた。
「家令の分際で、王夫人になどなってみろ!息子共々、殺してやる!」
五位鷺(ごいさぎ)も表情を変えた。
「・・・やはり正しい処置のようです。橄欖(かんらん)公主様は一時的に離宮にお身を移されましょう」
五位鷺は、(わめ)竜胆(りんどう)(きびす)を返した。

 継室は二人。
二妃は(ひさぎ)、三妃は(ひいらぎ)と言う名を賜り、兄弟で入宮している。
蛍石(ほたるいし)(ひいらぎ)の間に太子を一人もうけている。
兄弟の継室は、正室に(そそのか)され共謀(きょうぼう)して、銀星(ぎんせい)太子の部屋のゆりかごを燃やさせたと言う事かと思ったが違った。
普通に考えれば、正室がそうであったように正室や継室の子を押し除け、総家令が王夫人となり、いずれ銀星を後継にするのではないかと言う危惧からの犯行ではないかと思ったが。
実際は、二妃付きの女官の単独の犯行。
二妃との間に子供がいる事が分かった。
二妃は、彼女の妊娠を認めず、人知れず処置をするよう命じたが、彼女は従わなかった。
休暇を願い出て、親類を頼り一人で子供を産み、その後は復職し、また二妃付きの女官として仕えていた。
彼はすっかり、女官が子供の処置を済ませたのだと思っていたらしい。
自分に危うきを及ばせない心得のいい女と言う事で、更にお前を信用しようと言ったそうだ。
そして、女官は、自分と子の不遇を呪い犯行に及んだ。
継室である(ひさぎ)との間の子は決して認められるわけではない。
自分もまた、認められて妻や恋人どころか罪でしかない。
なのに、女皇后の恋人の総家令の子は、かつてない程に愛され、総家令は王夫人として官位どころか一代爵位まで賜るのではないかと噂されている。
悲しみは怒りや恨みとなって、五位鷺(ごいさぎ)銀星(ぎんせい)に向かった。
五位鷺(ごいさぎ)と女官長を前にして、捕らわれた彼女は静かに淡々と経緯を語り、ただそれだけの事です、と言った。


「どっちも冷宮送り?」
「妃は実家に返して、お取り潰しするのが妥当じゃない?」
山雀(やまがら)日雀(ひがら)が兄弟子にまとわりつきながら言った。
五位鷺(ごいさぎ)は妹弟子達が「お兄様の部屋はお茶もお菓子も出ないから早く雪様のお部屋に行きたい」と言い出したのに苦笑した。
「お前達は、妥当だと思うか?」
問われて双子の姉妹が怒り出した。
「そんなわけないじゃない!」
「どれだけの事したと思ってるのよ!」
そうだな、と五位鷺(ごいさぎ)は頷いた。
決定的な何かを得たくて泳がせたのはこっちだが、よりにもよってやってくれたなという気分。
無惨なゆりかごの残骸を見た時に久々に頭に血が昇った。
更に、総家令発で厳しく取調べが始まり、(ひさぎ)(ひいらぎ)、そのどちらも乱れた生活が判明したのだ。
度々出かけては、およそ宮廷の妃として相応しくない会合に出席参加していたそうだ。
「女官長以下五役は更迭ね」
「当たり前だわ。何のためにいるのよ」
継室達は、五役のうち数名とも特定の関係にあったようだ。
「後宮ではままある話だし。表沙汰にならないならあれこれ言うのもヤボだけど。あくまで皇帝陛下の瑕疵や不名誉にならないようにするならばよ」
「あいつらいるだけで不名誉じゃないの。ねぇ、お兄様、やっぱり後宮にも家令を入れた方がいいわ。首に鈴どころか、電流の有刺鉄線が必要よ」
基本的に後宮は女官のみが出入りし仕切っているのだが、考え直さなければならないと五位鷺(ごいさぎ)も思っていた。
さて、これをどう始末しようか。
この姉妹ならばうまくやるだろう。
「・・・今でなくともいい。いずれの話だが。お前達、速やかにな」
「私達、そんなに仕事遅くないわ」
「そうよ、ぱぱっとよ」
そう言うと、双子家令は微笑んで女家令の礼をした。
五位鷺(ごいさぎ)は、自分達が望む許可を得て、踊るような足取りで残雪の部屋に向かう妹弟子達を見送った。
可憐で賢く、生まれながらの女家令。
しかし、双頭の悪魔と呼ばれる程には、やはり不穏で凶悪な姉妹でもあった。

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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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