第7話 雲母《きらら》の虹

文字数 2,415文字

 総家令の五位鷺(ごいさぎ)棕櫚佐保姫残雪(しゅろさほひめざんせつ)の結婚式は滞りなく進み。
立会人は慣例通り、皇帝である蛍石(ほたるいし)
婚姻に当たって女皇帝が新郎新婦に贈った邸宅はそもそも彼女の離宮であり、花嫁の首からかけられた見事な長い真珠のネックレスと雲母(きらら)の虹と言う名前の大粒のオパールの指輪、それから棕梠(しゅろ)家に花嫁を迎えに行ったのは王家とも縁のある十一(じゅういち)だったと話題になった。
新郎新婦の仲睦まじい様子に、女皇帝はお気に入りの総家令(そうかれい)が若い娘と結婚しては業腹だろう、さっさと離婚させられるだろうと楽し気に噂された。

 しかし、新郎新婦の初夜の床が女皇帝の私室の豪華なベッドである。
結婚式も披露宴も終わり、やっと食べ物にありつけたと甘い物を片っ端から口に頬張っていた純白の花嫁姿の残雪を早く早く!と急かしているのもまた彼女。
「正室は紫、継室は銀、公式寵姫は(あか)だけど。銀か(あか)の花嫁衣装を着せたかった。でも、白もいいわね!」
残雪が吹き出した。
「まあ、何?」
「だって、蛍様、お后妃(きさき)様やご寵姫は男の方なんでしょ?紫色とか銀色とか真っ赤な服なんて、マジックでも始めるみたいじゃない」
蛍石も大笑いしてから、ベッドに座って残雪(ざんせつ)を眺めた。
「ああ、やっと、ここまで来たわ。待ち焦がれたわ」
「私も。でも特急よ。だって、台風の日が秋、来週がクリスマスだもの」
残雪にとったらそれだけの短い期間で全ての準備が整ったのは驚きだった。
蛍石と残雪が微笑み合った。
「ちょっと。誰の初夜ですか」
五位鷺(ごいさぎ)が割って入ったのに、蛍石(ほたるいし)が舌打ちした。
「ああ、いたの」
「いるでしょう、そりゃ」
五位鷺(ごいさぎ)が残雪から真珠のネックレスを受け取ると螺鈿(らでん)の箱に収めた。
残雪(ざんせつ)はヴェールも外し、やっとほっとしたようにため息をついた。
「ヴェールのおかげでうちの人間は皆、情緒不安定」
他の出席者は知らないが、皇帝がヴェールを用意させて家令に被せられたという事実に、家族は動揺をしていたはずだ。
「総家令の妻でも覚悟がいるのに、女皇帝の恋人では、驚かせてしまったわね。でも、そうしたかったの」
残雪は対外的には総家令夫人だが、女家令から産まれた生まれながらに家令の身分を背負う五位鷺(ごいさぎ)には戸籍が無い。
家令は王家の備品と言われるのはそんな理由もある。
なので、五位鷺(ごいさぎ)とは国が認める正式な結婚証明には至らない。
いわゆる内縁の関係になる。
しかし、それでも、皇帝が証人となる総家令の妻という肩書は揺るぎもない。
妙なもので、国が認めないのに皇帝が認めたという証明書が通用するわけだ。
五位鷺(ごいさぎ)はちゃんと求婚(プロポーズ)をした?指輪と、それから花束も渡した?」
五位鷺(ごいさぎ)に何度も確認したのに、心配で仕方ないらしい。
そもそも、王族の蛍石(ほたるいし)は実際は知らない習慣であり催しであり、知識として知っているだけだが、この度のとても大切なイベントとして決めていたのだ。
「えぇ、大丈夫よ。コンサートか開店祝いみたいな立派なお花だったわ」
「予算に花屋が勘違いして、まさかの三段のアレンジ花立てが届いてね。仕方ないからなんとか車に載せて輸送したわけで・・・」
求婚(プロポーズ)のイメージからはだいぶ離れてしまった。
そもそも格好つけの五位鷺(ごいさぎ)であるが、どうも残雪(ざんせつ)にかかると、おかしな事になりがちだ。
「あー、なんだか変わった面白い人って、面白い人が集まって来ちゃっておかしなこと起きるのよね」
残雪(ざんせつ)は呑気にそう言うが、どうやら五位鷺(ごいさぎ)蛍石(ほたるいし)の事を言っているらしい。
五位鷺(ごいさぎ)蛍石(ほたるいし)は顔を見合わせた。
生まれてこの方、一度も"面白い"等と言われた事はない。
しかし、二人はその評価を案外気に入った。
蛍石(ほたるいし)残雪(ざんせつ)の髪を撫でた。
「ヴェールは十一(じゅういち)が被せたの?」
「えぇ。嫌々いらして、嫌々被せてくれたわ」
茶化して言うのに五位鷺(ごいさぎ)が笑った。
「何か言われたかい?」
「結婚やめろってアドバイス頂いたの」
蛍石(ほたるいし)が、眉を寄せた。
「まあ、あのコウモリ!・・・雪はなんて言ったの?」
心配そうな顔になる。
「黙ってろってアドバイス差し上げたの」
蛍石(ほたるいし)が嬉しそうに頷いた。
「雪、うんと言ってくれてありがとう」
五位鷺(ごいさぎ)が残雪の手を取った。
自分の妻に、蛍石の恋人にと望む申し出に残雪(ざんせつ)は頷いたのだ。
我事ながら、彼女は無理難題をよく飲み込んだものだと思う。
なぜなのだろうと不思議な程だ。
「抱き合わせ商法が効いたのよ」
残雪はふざけてまた笑った。
それから、蛍石(ほたるいし)は残雪をいずれ官位を与えて乳母として宮城に上げたいのだと言った。
「でも、赤ちゃんを産まないとおっぱいって出ないんでしょ?牛も猫もそうだもの。私、赤ちゃんいないのにどうやっておっぱいあげるの?大体、おっぱいが必要な赤ちゃんなんているの?」
当然の疑問。
「それは、どっちも、これからなの」
「これから?」
蛍石(ほたるいし)が思いつめたような顔をした。
「これから、三人で作るのよ。ねぇ、お願い。いいって言って」
残雪は驚いて蛍石を見て、また吹き出した。
「まあ、なんて悪巧み・・・」
十一(じゅういち)が言っていた企みとはこれか。
残雪も呆れてしまった。
「ね、ダメ?」
せがむように言われて、残雪は笑った。
「・・・いいわ。私、(ほたる)様も五位鷺(ごいさぎ)も大切にするわ。貴方達を大切にしたいなあと思ったから、ここにいるんだもの」
非常にシンプルな答えに、ぱっと蛍石(ほたるいし)の顔が輝いた。
半分くらいは仕方なく、という答えでも納得しなくては思っていたから、五位鷺(ごいさぎ)もほっとした。
すぐ隣では残雪(ざんせつ)蛍石(ほたるいし)とオパールの指輪を眺めながら楽しそうに話していた。
ギルド筋の娘が、突然に皇帝や総家令に目をつけられただけなのだから、正直、愛情は望めないかもしれないと思っていた。
蛍石(ほたるいし)が飽きてしまったら、早くに手放せばいいと思っていたが。
しかし、彼女は、精一杯の愛情を以って自分達を大切にすると言うのだ。
これは大きな喜びだ。
「・・・では、そういうことで」
五位鷺が残雪(ざんせつ)雲母(きらら)の虹に口付けした。
「待って。ちょっと、雪に触んないでよ!」
「・・・陛下、あのですね・・・」
いいから、と残雪が止めた。
誘うように残雪(ざんせつ)が微笑んだ。
 
 
 
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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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