第54話 催花雨《さいかう》
文字数 2,288文字
詳細はよく理解出来ていないが、平定隊として向かった予定より手前で大規模な衝突があり、その最中に捕らえられた。
中世に建造された城は老朽化して放棄されたものであり、簡易の牢として緊急に使われただけの話で、監獄としての機能は満たしていない。
だからこその危険に満ちていた。
地殻変動で、満潮になると膝まで海水が上がってくる。
数名が捕らえられたが、殆どが冬の寒さに凍え、不安に精神を蝕まれ、命を落とした。
だが、コリンはそれでも、正気を保っていたのだ。
いっそ狂気に堕ちる方が楽であったろうに、死の誘惑に負けそうになるのに、その度に、誰かに揺り動かされるのだ。
きっと天使とか、きっと亡くなったかもしれない母や姉なのか、もしやわずかな期間幸せを分かち合った恋人かと思ったりもした。
それから間もなく、突然にコリンは助け出された。
「ファーガソン様!お待たせ致しました。まあ、ひどい有様。雪様が不幸を呼ぶ未亡人なのは本当なのかも」
現れたのは
リゾートのような格好をして、半死半生の自分を見下ろしていた。
「・・・天使が二人来てね。何度も励まされたよ」
「きっとそれ、雪様に取り憑いている二匹の悪魔でしょう。・・・悪魔はあなたを選んだようです。さあ、早く参りましょう」
遠くの方から自分を呼ぶ同胞達の声がした。
それを苛々したように
「・・・ああもう、遅い!・・・あいつら、本当に
女家令が怒鳴りつけた。
かつての闘志達も形無しだ。
「・・・なにぶん、どっちかと言ったら学者肌の人間も多いし・・・内陸とか山岳地帯の出身者が多くてね・・・あの、大目に見てやって・・・」
何のことかよく頭がまわらなかったが、とりあえず謝った。
コリン・ゼイビア・ファーガソンは、囚われて数ヶ月後に、かつての同志達と、彼らを探し出した家令によって解放された。
11番にお乗りください。
指示はそれだけ。
国境近くの駅舎にコンテナがあった。
11というNo.と、何か花を模したデザインの印が押されていた。
駅員に、
彼は頷くと、コンテナを開けた。
駒鳥はいくらか握らせて礼を言った。
「ファーガソン様、どうぞ。ご快適な旅でございますように」
何の冗談かと苦笑したが、コリンは中を覗いて驚いた。
大きなソファやテーブル、軽食の類まで用意された、まるで小さな
「貴方は確かに我々の仇。けど、雪様の未来だとしたら、何をどうしてもあの方の元に送り届けてみせます」
家令は、宮廷の備品。
だから、いかに総家令であろうが、死んでも人に数えられない。
かつての兄弟子と姉弟子の死が、損壊として書類に記されたように。
やはり陰がある仄暗い家令の人生にとって、自分達に残雪が残したものは大きいのだ。
彼女に救われたのは
女家令から産まれた産まれながらに家令の子に、甘やかな子供時代などと言うものは無い。
女家令は義務で子供を産み、報酬を得る。
そして
母とも呼ばず、父とも呼ばず。
兄弟姉妹の関係となる。
寂しさが無いなんてなんで言えよう。
他の女家令同様に、サバけた
宮廷で生き、今後どのような策謀や、誰かのつまらない感情の行き違いに巻き込まれ、少しでも愚かな手を打てば死も免れない。
出し抜け、必要ならば突き落としてやれ、と教え込まれて育つ家令の子がふわりと連れ出された陽だまり。
あの離宮での日々を知る我々には忘れられない、あれは幸福。
コリンと
何度か止まる度に、重い扉が開き、
それが、ほぼ知る顔であり、父のかつての盟友達であるのに、コリンは心から驚いた。
夕方遅く、国境近くの普段は列車が停車しないはずの駅に人の影があった。
男達が二人、話し込んでいた。
こんな田舎の駅員に突然の仕事が舞い込んでいたのだ。
今晩中に停車する列車のコンテナの一つを重機で下ろせという命令だ。
「伯爵夫人の買い物だとさ」
「全く。我が国の貴い方は呑気なもんだ。あっちの国じゃまた元首が殺されたらしいのに」
たまにある内容の仕事ではあるが、今回は宮廷家令が絡んでいるらしい。
カラスみたいに真っ黒の服の女が居丈高に言った。
「平和で豊かだから貴族が呑気してられんだよ。さもなきゃあいつらだってすぐ殺される。ま、呑気だからあんたら、こんないいこともあるじゃないの」
家令がチップにしては高額の金額を閃かせた。
「宮廷家令様!さすが」
現金なもので、彼等は意気揚々と遠くに光る列車の灯りを見つめた。
列車が時間をかけて停車した。
また誰かが乗り込むのだろうか。
投光器並の光源を向けられて、全員が顔をしかめた。
相手からはこちらが良くわかるのだろう。
中の様子を確認し終わると、光が落とされた。
「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました、皆様。お招きお受け頂きまして感謝申し上げます」
冗談のように大きな宝石のついた指輪を輝かせた美貌の女家令が出迎えた。
数日ぶりにまともに外に出て見ると、空からは優しい雨が降っていた。
花々の開花を誘う雨だ。
いつの間にか、春が近づいていたのか、いや、自分が春に近づいたのだと、どこかで思った。