第56話 御伽話《フェアリーテイル》

文字数 2,716文字

 なんてひどい話だろう。
橄欖(かんらん)は暗嘆たる思いで目の前の女を眺めた。
「呆れたわ。早く出てお行き。・・・・それとも、死刑を前倒しにしたいの」
お前の生殺与奪は自分次第と橄欖(かんらん)は言いたいのだ。
「・・・では、陛下にお知らせをお二つ。そうしたら私、急いで帰ります。十一(じゅういち)より先に家に戻っていなくてはいけませんからね」
「・・・お前、なんのつもり・・・」
残雪(ざんせつ)が指で制した。
「陛下。まずは。・・・陛下を退けての廃太子様の擁立のお話は、結構、現実的なものになっているようです」
橄欖(かんらん)が顔色を変えた。
「・・・どうして、お前がそんな・・・」
「私のような身分の者からしたら、王族方の廃するという考え方は不思議な習慣ですね。廃するって退職するみたいなものかと思ったら、もうその生死を問わない、という意味ですものね。廃妃に廃太子。廃皇帝と言う表現は聞いた事はないけれど、結局まあ、あるのでしょうね」
橄欖(かんらん)はぎゅっと手を握り締めた。
貴族達の噂話や湾曲表現として自分の誹謗中傷を聞いた事はあるが、こう明らかにしていく言い方には、恐怖さえ覚える。
まるで、あの母や、五位鷺(ごいさぎ)のよう。
蛍石(ほたるいし)様は、ご自分がご自分である為にそれは大変な思いをされました。後継者の確保。前線の維持。神事祭礼の継続。これは、誰が実際にやったかと言えば。家令であり人間ですね。あの方、それを忘れた事は無かった。だから愛されたのでしょうね」
だから自分は愛されないのだとでも言いたいのか。
橄欖(かんらん)は目の前の女を睥睨(へいげい)した。
「・・・五位鷺(ごいさぎ)があんな大聖堂をくれてやったから、聖堂(ヴァルハラ)の人間は増長しているのよ。・・・いい迷惑だわ」
「・・・何の為にかはお分かりになりますか」
「皇帝に寵愛されているのを見せつけたかったのでしょう。あんな大袈裟なもの。・・・母王もそれでいい気になってご満悦。バカバカしい。神とやらに何が出来るの。出来ることの多さで言ったら、私のほうが多いわ」
「・・・半分当たって、半分ハズレですわ。まずひとつ。さすがのご推察。蛍石(ほたるいし)様と五位鷺(ごいさぎ)の性格は全くそうですね。人騒がせをして喜んでる。困ったものです。・・・さて。なぜ五位鷺(ごいさぎ)があんな馬鹿馬鹿しいものを建てたか。・・・謙虚になる為です」
橄欖(かんらん)は笑った。
「謙虚?あの男が?」
「そうです。・・・私達の為に。・・・・陛下。聖堂(ヴァルハラ)に関しては、五位鷺(ごいさぎ)が大聖堂を建立した投資分がありますから何とかなるとして。神殿(オリュンポス)での神事は滞っておりますとか。これはとてもよろしくありませんね。大きな災いが起きたら、そのせい、陛下のせいにされてしまいますもの。それから、前線。これは、あと数日で、前線が破られる事になるかもしれません」
残雪(ざんせつ)が、まとまった群勢が攻めてくるぞと脅しているのだ。
「・・・A国というのは小国がとりあえずまとまって出来た国だったのはご存知の事と思います。大きな惑星に寄るようにその時々の損得に合わせて集ったようなもの。今やA国の国体は崩れ、さて、彼らは何を考えるか・・・。まだ、もう一度何かを拠り所に規律統制(システム)をいう段階ではまだ無いようですから、近隣を巻き込んで乱世が参りますね。屠られ、犯され、奪われる。・・・陛下にはピンと来ない現実かもしれませんが。・・・つまり、これもまた、女皇帝陛下の不徳の致ところ、とされるでしょうか」
橄欖(かんらん)には、しっかりとそれはお前が悪いのだと聞こえる。
嫌悪や不愉快ではなく、もう暴力に嬲られている気分だ。
なぜ総家令である海燕(うみつばめ)が止めないのだ。
本来なら、自分を守る為にこの女をこの場で切り捨てても良いはずだ。
今、ここに十一(じゅういち)が居れば、と橄欖(かんらん)は心から悔やんだ。
自分が、こんなに悲しく辛く苛まれるような事から、彼はきっと守ってくれるのに。
いつだって、そうだったように。
「・・・だから急ぎませんとね、そのタイミングで廃太子の擁立が前倒しにされてしまうでしょうから。・・・そういう時、十一(じゅういち)はとても早いでしょう?」
突然、十一(じゅういち)の名前が出て来て戸惑った。
自分がまさに彼のことを考えていたものだから、余計に心がざわついた。
「・・・・十一(じゅういち)が、・・・何だというの・・・」
「陛下、廃太子擁立に関して動いているのは、東目張十一(ひがしめばるじゅういち)卿ですよ」
信じられない思いで総家令を見ると、海燕(うみつばめ)が静かに頷いた。
橄欖(かんらん)は息を飲んだ。
まさか。あの男が。
自分が正当な皇位に就いた以来、いつでも適切に自分を護り、導いて来たあの男が。
「・・・それから、陛下のお望みの可愛らしい赤ちゃん。何より必要なものなのでしょう?」
残雪(ざんせつ)が微笑んだ。
「私、このいくつかのご心配についてご協力できるかもしれません」
橄欖(かんらん)は威厳を奮い立たせた。
「・・・・お前などに協力を必要とする謂れはありません」
残雪(ざんせつ)が、では、心理的に一歩踏み込んだ。
「こんな物語はいかがでしょう?・・・あるところに、女王様をお守りする伯爵がおりまして。彼は新たに結婚の予定がありました。それはすてきな大きなダイヤモンドを贈られた美人の婚約者」
「・・・お止め。不愉快よ・・・」
「あら、御伽話(フェアリーテイル)ですわ、陛下。・・・ですけれど、彼にはもう1人恋人がおりまして。困った事に、だいぶ本気。・・・伯爵は、女王様ではなく、女王様の弟君の王子様を次の王様にしよと考えていた。理由は、まあ、何でもよろしいけれど、女王様の世話が面倒くさくなったとか。男の方って勝手」
失礼千万な事を言い、残雪(ざんせつ)が笑った。
橄欖(かんらん)は怒りを通り越して、血色を失った表情をしていた。
海燕(うみつばめ)がこれ以上はやめてくれと残雪(ざんせつ)に目で懇願していた。
「・・・女王様がとても困難な状況にありました時、伯爵は女王陛下を助ける事にしました。神様に自分がお仕えするからどうか愛する大切な女王様が幸せになるようにとお願いしました。おかげで女王様には赤ちゃんが産まれて、国も平和になりました。人々は女王様への伯爵様の愛情の深さをいつまでも忘れずに幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
あら、結構いい話にまとまったわ、と笑いながら残雪(ざんせつ)が立ち上がった。
庭にまた東からの風が吹き抜けたのを心地良さそうに受ける。
「・・・殿方は手間勝手ではありますけど。女はそれ以上に現実的。どう現実をお作りになりたいかお考えになられてもよろしいかもしれませんことよ。・・・それでは陛下、どうぞご静養くださいませ。・・・先程の御伽話(フェアリーテイル)。もしご興味ありましたら、海燕(うみつばめ)にお伝えくださいませね。・・・この子は陛下の総家令。陛下に尽くすことでしょう。お忘れなきように。・・・では失礼致します。ご機嫌よう」
残雪(ざんせつ)は一気にそう言うと、その場を離れた。
まるで、一陣の嵐だ。
橄欖(かんらん)は押し黙ったまま、その姿を見送る事も出来なかった。

 翌日、花鶏(あとり)が女皇帝の使いとして、東目張(ひがしめばる)伯爵邸の残雪(ざんせつ)の元を訪れた。
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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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