第18話 水の波紋

文字数 2,606文字

 しばらくすると、仔犬のような子供達が窓辺に集まってきた。
皆、飴の色素で口のまわりや舌がぎょっとする程に赤や緑色になっている。
彼らの感性によるりんご飴を食べた感想を興奮しながらその感激を口々に話して、礼を言った。
「子供にとったら、でっかいリンゴ丸ごと入ってる飴なんていいアトラクションだもんな」
五位鷺(ごいさぎ)が笑った。
いつもは小憎らしい妹弟子や弟弟子も年なりに見えて、十一(じゅういち)は更に驚いた。
少年がずいっとりんご飴を見せた。
十一(じゅういち)、ありがとう。これすごいよ」
蛍石(ほたるいし)五位鷺(ごいさぎ)の息子の銀星(ぎんせい)だ。
女皇帝の愛し子、総家令の(くだん)の子、と宮廷では陰に言われている。
女皇帝が、正統な后妃(きさき)との子供達を全て退けて、次の皇帝にと望んでいるのだ。
当然、噂にも反感にもなる。
「これは小太子。お楽しかったなら何よりでしょう」
銀星(ぎんせい)を抱き上げると、小さな太子は十一(じゅういち)の口に飴をつっこんだ。
十一(じゅういち)は口の中で飴が弾けて驚いた。
「なんですか、これは?!爆発した!火薬じゃあるまいし、人間がこんなもんを食べていいわけないでしょう?!どういうだ、これは?!
弾けるってこの事か、と十一(じゅういち)は、やっと理解した。
「面白いでしょ?高圧で炭酸ガスを閉じ込めて作るの。口の中で溶けると中の二酸化炭素が弾ける仕組み」
残雪(ざんせつ)が、蛍石(ほたるいし)春北斗(はるほくと)と共に窓越しに姿を現して言った。
蛍石(ほたるいし)が慌てる十一(じゅういち)を見て大笑いしていた。
「春、見てよ!あのコウモリ、おかしいったら!」
蛍石(ほたるいし)春北斗(はるほくと)が窓を乗り越えて部屋に入ろうとするのを手伝ってやり、五位鷺(ごいさぎ)に抱き上げさせた。
「どれどれ。おー、すごい。春、口ん中が真緑になってるな」
それが堪らなく楽しいのだと春北斗(はるほくと)が言った。
春北斗(はるほくと)が足をばたつかせたのに十一(じゅういち)が駆け寄った。
「ああ、全く、離宮とは言え行儀が悪い。靴を脱ぎなさい」
「靴なんて履いてないもん」
言われて見れば子供達も、残雪(ざんせつ)蛍石(ほたるいし)までもが裸足だ。
「どうせまとめて丸洗いするもの」
残雪(ざんせつ)は洗濯物のように言う。
「靴を履きなさい。足の怪我は大事になる可能性がある。怪我でもすれば、蓮角(れんかく)を呼んで破傷風の注射をしなくてはいけないよ」
小さな怪我が命取りになる事だってある。
注射は嫌だ、と子供達が抗議の声を上げた。
「ねえ、嫌ねえ。こうるさいわねぇ、十一(じゅういち)は」
蛍石(ほたるいし)が煩わしそうにむくれた。
蜂鳥(はちどり)駒鳥(こまどり)も現れ、女皇帝に同意して兄弟子の十一(じゅういち)がいかに性格が悪いか、ある事ない事吹聴している始末。
全くこの有様では、こいつら宮廷になど戻れそうにないと十一(じゅういち)はため息をついた。


 かわいそうに。
夜も更けたベッドで、残雪がため息をついた。
大人の手のひらくらいの大きさの花鶏(あとり)の胸の火傷痕を思い出す。
まだ体の小さい幼児には大変な怪我だ。
特に火傷は、体に対して表面積が広いほど生死に関わる。
「・・・痛かったでしょうね」
「ああ、かわいそうに。泣かないで、雪」
蛍石(ほたるいし)が忌々しそうに口を開いた。
「皇后がやったの?それとも女官?」
調べさせて罰するべきねと女皇帝は総家令と目配せをし合ったが、残雪が首を振った。
「いえ、全員よ。その中に、私達もきっといるわ」
残雪(ざんせつ)が呟いた。
あの幼子の胸の傷を見た時、さっと血の気が引いた。
花鶏(あとり)は、自分達のこの暮らしを得るための犠牲者ではないか。
「雪のせいじゃないわ」
蛍石(ほたるいし)は慌てて残雪(ざんせつ)の頬を撫でた。
「私が、貴女の夫や子から妻や母を奪ったのは間違いないわ」
その罪深さに身がすくむ。
蛍石(ほたるいし)は困ったように首を傾げた。
残雪(ざんせつ)がどうしてそこまで気にやむのかがわからない。
育った環境、与えられた役割。その中で振る舞った結果。
ただ、それだけではないか。
きっとお互いに共感しづらいものを挟んで対峙して戸惑っている。
きっと、自分も残雪も少しづつ間違っていて、少しずつ正しいのだ。
そこまで考えられるようになっただけでも、蛍石は変わったのだ。
今までは、感じもしなかった。
残雪(ざんせつ)と出会ってからは、悲しむから、対処していただけ。
彼女の抱えるものが何なのかまだ理解した事はない。
いつかこのもどかしい違和感は解消されるのだろうか。
それともこの違和感ゆえに、別離という未来がやってくるのだろうか。
蛍石(ほたるいし)の戸惑いを察して、残雪(ざんせつ)が恋人と夫を抱きしめた。
「愛しているわ、大好きよ。貴方達が大好きよ。おチビちゃん達の事も、大好き」
でもいつか、これは終わる。
それがわかるのが悲しいのだと残雪は言った。
その時は多分、決して穏やなものではないだろう。
だって、私は、我々はこんなに罪深い。
違和感は不安となり罪悪感となり、雨粒が落ちた水面の波紋のように広がっていく。
五位鷺(ごいさぎ)もまた戸惑っていた。
残雪(ざんせつ)の苦悩は、自分達の立場の環境の差だとしたら、お互い異文化のようなもの。
歩み寄る事は出来ても、本質から理解する事は出来ないものなのかもしれない。
いや、歩み寄るどころか、残雪(ざんせつ)を丸呑みにして来たのは自分達側だ。
罪悪感を感じながら、五位鷺(ごいさぎ)残雪(ざんせつ)の頬に唇を寄せた。
「雪がなんでそう思うのかはわからないけれど。我々は雪に愛される方が大事。この暮らしを守りたい。続けたい。その為にはなんでもする。初めて誰かの伴侶となり、親になったのだから」
それは蛍石(ほたるいし)が驚くほどの精一杯の彼の本音だった。
いつも本音を見せない腹黒さは彼の利点でもあり欠点でもあるから。
「雪、気に病まないで良いのよ。どうせこの男は地獄行き。私もそう。雪は違うんだから。そのままでいればいい」
残雪(ざんせつ)が慌てて涙を拭いた。
「駄目よ!なら私も行く」
それこそ駄目だと蛍石(ほたるいし)五位鷺(ごいさぎ)が叫んだ。
そこからいかに地獄が凄惨な場所なんだから考え直せというような説得が始まった。
やっぱりそういうのって本当にあるの?という残雪の問いはかき消されてしまった。
その騒ぎに、隣の子供部屋で寝ていた銀星(ぎんせい)春北斗(はるほくと)蜂鳥(はちどり)駒鳥(こまどり)花鶏(あとり)も起きてしまったようだ。
銀星(ぎんせい)春北斗(はるほくと)がドアからひょっこり顔を出した。
「・・・ああ、うるさくしてしまったね。ごめん」
五位鷺(ごいさぎ)が近づくと、春北斗(はるほくと)が飛びついて、何か小声で囁いた。
「・・・腹が減ってしまったか・・・」
五位鷺(ごいさぎ)が困ったように振り返ると残雪(ざんせつ)が笑った。
「いいわ。どうせすぐはまだ寝れないでしょう。お夜食パーティーにしましょうよ」
子供達は歓声を上げて、リビングに向かった。
「ねぇ、雪?この間、ご実家から頂いたシャンパンね。あれ開けるのはどうかしら」
「いいアイディアですね。クリスマスのフルーツケーキの残りもまだあったよね」
子供達よりも嬉しそうにして蛍石(ほたるいし)五位鷺(ごいさぎ)残雪(ざんせつ)の腕を取った。






















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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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