第13話 天罰

文字数 1,820文字

 事の顛末(てんまつ)を聞いて、激怒したのは蛍石(ほたるいし)
五位鷺(ごいさぎ)が、根回しをしている途中で聞きつけてそのまま元老院の人間のほぼ全員を呼びつけた。
皇帝執務室では、ただ事ではないと察した元老院の人間達が狼狽(ろうばい)する剣幕。
そもそも蛍石は、歴々の皇帝がそうであるように、皇帝が何代にも渡って元老院の家から出る后妃(きさき)を配偶者にして産まれた子ども。元老院の彼らにとって広義で孫娘のようなもの。
ある程度、意のままに扱えると言う意味でも。
しかし、その彼女が今や、暴れ出したわけだ。
暴れ馬や狂える牛どころか、雷神の勢いで。
「元老院長。皇后が銀星(ぎんせい)太子の乳母の部屋に女官を差し向けて破壊行為をしました。私が乳母に首飾りを下賜したのが許せなかったそうです。今は冷宮措置にしている。それから、紀埜(きの)女伯、妃二人だけどね。上の弟が女官に子供を産ませたね。お前はそれを知っていたね。兄弟でもちょくちょく慈善事業とやらにお出かけだったけど、どうやら如何(いかが)わしい場所に出入りしていたそう。それもお前、知ってたね!」
正室の父親の元老院長は絶句し、二人の継室の姉である紀埜(きの)女伯は青ざめた。
「・・・陛下、それは、何か、確たる何かが・・・」
「あるに決まってる。手引きしたのは正室だ。冷宮から早めに出してやると言ったら全部喋ったんだから。・・・二妃と三妃は廃妃、太子も廃太子にする」
廃妃、廃嫡となったら、次は取り潰しだ。
廷臣達が最も恐れる断罪。
紀埜(きの)女伯は青ざめた。
「陛下!それはあんまりではございませんか・・・。透輝(とうき)太子様はどうなります・・・」
彼女にとって甥にあたる三妃の太子。
「・・・弟達が入宮し、三妃様との間に太子を設けたからこそ、陛下は・・・」
あの正室から逃れられたのではありませんか、とは流石に口にできなかった。
五位鷺(ごいさぎ)がじっと見つめていたのに気づいて、女伯は口を閉じた。
「他の女にも何人子供を堕ろさせたか聞いてご覧」
女皇帝がそう吐き捨てたのに、元老院の他の人間も息を呑んだ。
「・・・・他の女の子どもなど、どうでもいいではありませんか」
女伯がそう言ったのに蛍石(ほたるいし)が首を振った。
「女のお前がそう言うの?どうでも良いわけないよ」
わかっていたけど失望した、と蛍石はそう言うと、更に続けた。
「・・・元老院長。正室はそのままでいい。廃皇后も、廃公主にもしない。でもそれだけ。いずれ総家令を王夫人にして、銀星を皇太子にする。万が一、銀星(ぎんせい)に何か害をなさんとするならそれなりの罪に問われる。そうせざるを得なくしたのは、そっちだよ」
元老院長は呼吸する事をも出来ずに立ち尽くしていた。
「それでも事が収まらないならば、三親等まで断罪する背信罪にする」
いいね、と蛍石(ほたるいし)が強く念を押した。
並居(なみい)る元老院の重鎮達は、二十人、全員が首を垂れた。
普段、気位が高く、皇帝にも決して彼らがそうはしない程の、恭順の礼。
その姿に、同じ場にいた他の家令達も驚きを隠せなかった。
蛍石(ほたるいし)はそれを当然と言うように睥睨(へいげい)した。
瞳は怒りで爛々(らんらん)と輝いていた。
その背後で総家令が満足そうに微笑んでいたのを双子の家令の姉妹は見逃さなかった。
ああ、これが見たかった。ずっと、これが見たかった。
まだ幼い程に女皇帝としてほぼ操られていた蛍石(ほたるいし)を、縛り、操り、虐げていた彼らを(ひざまず)かせたかった。
あの頃、どうやっても、彼女を守れなかった自分と共に。
正室を遠ざけるために、紀埜(きの)女伯に弟を継室にする事を持ちかけたのは自分だ。
それはうまくいったけれど、今度はこの(ざま)
継室達の素行が乱れてきていたのは勿論知っていた。
積極的にそう仕向けた覚えはないが、放っておいた自覚はある。
いずれどうにかするかと思っていたが、彼らは勝手に自滅した事になる。
ほらな、やっぱり、天罰ってあるんじゃないかな。
蛍石(ほたるいし)に言われて、文書作成の用意をさせながら、冗談でもなくそう思う。
いいか、見てろ、全員殺してやる。
そう誓ったあの頃の自分も、きっとその辺で見ているだろう。
仔猫のようだった少女は今や虎に化けたし、雛鳥は今や悪魔の鳥と呼ばれるようになった。
五位鷺(ごいさぎ)は、やっと復讐を果たした。でもまだこれから、と胸に呟いた。

 程なくして、正室の冷宮措置、二妃、三妃の廃妃、第一太子の廃嫡が公にされた。
同時に、女皇帝は末の太子を次の皇帝にする事を決めて、父親である総家令はついに王夫人になるそうだと言う噂が宮廷を駆け巡った。
しばらくして、女皇帝は元は自分の離宮であった総家令邸を離宮として返還させると、身近な人間達を伴って移ってしまった。
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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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