第41話 合わせ鏡

文字数 2,205文字

 夕方になり、空に細く三日月が浮かぶ頃、残雪(ざんせつ)が帰宅した。
出迎えの中に懐かしい顔があるのに気付いて、歓声を上げた。
「まあ久しぶり!なんて嬉しいの」
久々に会う女家令はより美しくなって、これは女皇帝が嫉妬するというのも頷ける。
「雪様!お変わりありませんこと!私もずっとお会いしたくて。・・・この子たちはお役立ち出来ているでしょうか?」
「えぇ。とってもお利口さんで助かっているのよ。こちらの皆さんからも大人気なの」
「そうでしたか。よかった。やっぱり私の適切な指導がいいものですから」
ぎゅうぎゅうに押さえつけられ怒鳴りつけられた記憶はあるが、適切な指導かは怪しいところだと蜂鳥(はちどり)駒鳥(こまどり)は顔を見合わせた。
「・・・あら、雪様。こちらは?」
残雪(ざんせつ)の背後の男に微笑みかける。
「あ、そうだった。ファーガソンさんよ。公邸の昼食会に送迎してくださったの。コリン、この可愛らしい子は、蜂鳥(はちどり)駒鳥(こまどり)姉弟子(お姉さん)なのよ」
日雀(ひがら)が目をパチパチさせながら微笑み、しなしなとコリンに近づき礼をした。
「ファーガソン様。ご紹介預かりました家令の日雀(ひがら)と申します。こちらでは炭色の尾という意味の小鳥の事でございますね。私、この度は公式の出向ではございませんので、どうぞ不調法お許しくださいませ」
コリンは新たに現れた美女に少々ドギマギしながらも愛想良く挨拶をした。
「これはようこそ。ああ、針葉樹の森にいる小鳥ですね。子供の時によく見かけました」
「まあ、その頃に貴方にお目にかかっておりました小鳥が羨ましいですこと」
出た、これ。と蜂鳥と駒鳥がまた顔を見合わせた。
宮廷でもこの姉弟子はこんなわかり切った色目を使ってよく紳士を(たぶら)かしていたものだ。
そして彼らは面白いようにコロコロと転がされるのだ。
しかし、コリンは意味を分かりかねている様子で他にも子供の頃に見かけた鳥や蛙がどうのこうのと話を始めた。
日雀(ひがら)が呆気にとられているのが面白いと残雪(ざんせつ)が吹き出した。

 コリンが帰り、残雪(ざんせつ)と家令達が改めて顔を合わせた。
「もう!雪様、なんですか、あの男!鈍いったら無いわ!この国はあんなのが本当に宮廷にお仕えしているんですか?」
自分の魅力、つまり色目が通用しなかったと日雀(ひがら)はご立腹だ。
「そうですよ?信じられないでしょう?だって、貴女みたいな小慣れた女性もいないんだもの。こないだなんて、駒ちゃんがある女性を詩の引用をして褒めたら、その方、感激して泣き出してしまったのよ。なんてピュアで可愛らしいの」
「・・・その女性、何の詩かもわからない程の無教養ぶりでしたけどね。(こま)がパクっただけなのに」
「パクリじゃなくて、それが引用だろうよ」
「雅や粋を解さない、なんて粗野な連中の社交界でしょう!」
日雀(ひがら)が大袈裟に空を仰いだ。
宮廷育ちからしたら、信じられない野蛮さだ。
「昔はもう少しは気が利いたものでしたけど。そんな方は皆、死んじゃったのね。朴念仁のカスやクズしか残らないなんて国の不幸だわ!・・・え?嘘・・・。アンタ、お茶なんかいれられるの?」
「姉上、(たしな)みとして当然ですよ」
テーブルにカップを置いた駒鳥(こまどり)が気取って言った。
女家令は、自分が何年もやって、ついぞ習得出来なかったのに、と悔しそうに弟弟子を睨んだ。
日雀(ひがら)残雪(ざんせつ)が出した焼き菓子を平らげているうちに、興奮して逆立った毛が落ちついてきた猫のように穏やかになってきた。
「雪様。・・・ご無事でお過ごしのようで安心致しました。まさか高貴なる人質に目をつけられるなんて・・・」
蛍石(ほたるいし)女皇帝と総家令の五位鷺(ごいさぎ)が暗殺され、恋人と夫を同時に失ったこの女性が更に、高貴なる人質などという人身御供となるなんて。
「・・・大変だったの貴女方も。・・・こちらに来た時にね、あの三叉路を通ったの。やっぱり、怖かったわ」
日雀(ひがら)が、そっと残雪(ざんせつ)のその手を取った。
この女性があの三叉路で失ったものの大きさと重さを、自分もまた痛感して来た年月だった。
「貴女は、何より自分の一部、半分を失ったようなもの。・・・でもね、その生き方はいずれ貴女が苦しくなるわ。あなた、山雀(やまがら)でしょ」
え?!と蜂鳥(はちどり)駒鳥(こまどり)残雪(ざんせつ)を見てから姉弟子に視線を移した。
美貌の女家令はちょっと驚いた顔をしてから、頷いた。
「やっぱり。うちの母と叔母も双子でしょ。ほら、以前、私は帰国出来ない、母は国を出れないで。叔母は自由な立場だったから、あの人達、ちょくちょく入れ替わってたのよ。全く都合良いんだから」
残雪(ざんせつ)日雀(ひがら)改め山雀(やまがら)が笑った。
母と叔母は、各々の個性と権利を認めよと主張する割には、お互いを便利に使っている。
黒北風(くろぎた)様と春北風(はるぎた)様も紛らわしいですもんね」
山雀(やまがら)は、バレちゃったと楽しそうに笑った。
「え?じゃ、亡くなったのは、日雀(ひがら)お姉様と言うこと?」
「そう。まあ、家令だし、どっちが死のうが国にとったら大した物損じゃないだろうけどさ。私達には問題大有りなわけよ」
姉弟はびっくり仰天のまま話を聞いていた。
「な、なんでですか?」
鶺鴒(せきれい)お姉様が私達に決めたのは、日雀(ひがら)十一(じゅういち)お兄様と一度は結婚して子供を産んで家令の人口増加に貢献する事。山雀()は、神殿(オリュンポス)で大神官になれないまでもその儀式に臨む事。つまり日雀(ひがら)が死んでは都合が悪いの」
「な、なんでですか?」
この姉弟子は、そんなに十一(じゅういち)とどうにかなりたくて、大神官になる苦行が嫌だったのか。
「多分、雪様と同じ。・・・雪様、以前一度こちらに来てますね」
え?と姉弟がまた驚いた。
「・・・そうね」
残雪(ざんせつ)が静かに頷いた。

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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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