第3話

文字数 2,616文字

 神楽は、神に奉納する為奏される歌舞で、天照大神の岩戸隠れの際に、アメノウズメが舞った舞が起源とされ、本来神楽は招魂、鎮魂、魂振に伴う神遊びだったともいわれているようだが、〝神遊び〟とはえらく神に近い感じがして、古典の神世の時代を思い起こさせる。
 神楽は神社の祭礼で見られ、寺院でも行われる事があり、神楽殿がある場合は、そこで行われる。
 雅楽や舞楽は、専門の演奏家によって伝承され、神社、寺院の団体や民間の演奏団体も増えているようで、最近ではネットで騒がれている人も多いようだ。

「………そういう事だったら、巫女に舞わせてみようか?」

 神楽殿を持ち神楽を奉納する事もある、この辺では大きな神社で、その神社の次期宮司の向井が面白そうに言った。

 …………ご神託………に関われるかもしれない………否、関わったかもしれない………

 そう思った瞬間に、友塚の思考は空回りしていた。
 高田と話している間に、友塚自身が光大の言葉を聞いて感じた事の、その直感というか閃きをまとめられた。………そう。あの時点では、未だ友塚すら〝舞〟という字しか頭に浮かんでいなく、その直感が高田の言葉により、〝舞踊の舞い〟へと、確信していった感じだったからだ。
 そして考えていくうちに、徐々に神楽舞へと到達した。
 だからもしかしたら、〝舞い〟ではないのかもしれなくて、まして神楽舞でもないのかもしれない………そんな不安も無い訳ではない。
 だって〝舞〟という文字しか、友塚には頭に浮かばなかったからだ。
 光大が言った〝 …… 〟が、友塚には〝ブ〟と聞こえ、それが頭の中に〝舞〟と一瞬にして浮かんだ。
 そして友塚の持っている情報で、〝神楽舞〟を引き出している可能性が高い。………そう、純真無垢な子供の光大の様に、ただ素直に神の御言葉を伝えるだけ………では、もはや多種多様な情報を、経験から得ている友塚には終わらせないからだ。
 つまり友塚は〝舞〟と感じて舞いを思い浮かべ、そこから神……巫女……神楽……神楽舞……へと、大して長くもない人生の経験値から、導いていると思わなくもない。

「……ん〜……じゃさぁ……」

 ウダウダと考えを巡らしている友塚の前で、向井は腕を組んで言った。

「何を舞わせるか?だなぁ……」

 向井は大きな神社の客室で、呑気にコーヒーなど飲みながら言う。
 向井の神社は、その地域ではかなり名の通った神社で、氏子も友塚の神社より多い。未だ矍鑠とした父が宮司として健在だから、若くして父の跡を継いだ友塚よりも、気楽な立場と言えなくもない。
 かなり昔の祖先に、神の言葉を聞ける巫女がいて、その人がこの神社の創設者だと言うが、何代か前の宮司が霊能力者であった様だが、それ以外にはそういった能力は、遺伝している訳ではないようだ。
 そんな祖先を持つ向井だから、友塚が兼任している神社の氏子の孫が、ご神託を得たと聞いて、興味を示さないわけがない。
 状況とかの説明や、光大の()()()の状態を、両親から送られて来た高田から、友塚に転送された映像を見る限り、どう見たって異常な状況で、まして小学校に上がる前の子供が、面白半分で演技している状態でもない。とはいうものの、〝これが神託〟と断言できるものでもないが、友人の友塚は確信を持って〝ご神託〟だと言い切った。そのご神託の神が、アソコの無人の〝神社〟というには、余りに小さな神社の神だとは………。
 だがアソコの神は、確かにランク的には高い。というか、近代では無くなっているが、昔には神にも階位か存在していた。だがそんな人間が作った階位以前に、神々には天が定めた神位があるはずだ。
 その自然の畏力は、その神が座すという一帯から放たれる、それこそパワーで感じ取れるはずだ。それらは決して、能力があると自負する者達が感じるものではなくて、極一般の無能な者達から、動物達が感じるものだ。
 そしてアソコはそれが高い。
 だから小さく森林に囲まれた社で在りながら、人々に忘れられる事も無く、ずっと愛されて存在しているのだ。

「やっぱアレだな……疫神、疫鬼祓いの祈願か………」

 向井は真顔を作って、神妙に考え込んでいる友塚を見て言った。

「ああ………全国に蔓延ってる疫神疫鬼か……」

 友塚も大きく頷く。
 ここ数年、日本ならず世界中に蔓延し続けている、疫病ともいうべきウィルスの感染症が人々を苦しめている。

「……つまり、この感染症に対する、なんかいい方法とかを、伝えたいと思ってるとか?」

「う〜ん……やっぱりこのご時世、それが一番最初に閃いたんだけど……なんか違うんだよなぁ……」

 友塚は、どうもピンとこない、と首を傾げる

「………がしかし、先ずはこれしか無いっしょ?」

「だったら、他でもやってるしなぁ………」

「ああ……祈祷とか神事な。俺ん所でもやってるし………」

「えっ?マジで?」

「マジで……って言うか、頼まれたりせんの?」

「………する……」

 二人は黙って、考え込んでしまった。

「やっぱ、〝他でも奉納してんだから、ここでもしろよ〟的な?」

「………………」

 それでも友塚は、納得がいかない表情を作る。

「神楽舞と言ってもだなぁ……現代のものは昔のソレとは、かなり違ってるからな……シャーマニズムとしての、巫女のソレとは違う。現代では巫女は神に仕え、神楽舞はもはや神に感謝を伝える物と化している……神事と言った所で………だ。まして友塚は、ソコに神の何らかの意思……つまりご神託を期待しているわけだから……」

「向井。………期待じゃない、これは本当に神託だ……全身全霊でそう感じた………」

「いやぁ〜今の現代において、ご神託って言ってもなぁ………」

「そうなんだ。そうなんだが………」

「………とは言え。あんな小さな子供が、ああなったんだから……それは異常だとしか思えない。これが、持ってる人間が言うのと違う……」

 向井は、ちょっと意味有りげに言った。

「俺はそういったものを、かつて頂いた者の子孫だからな。だからこうして神に仕えてる………俺は神の言葉を知りたいよ」

「………そうだな……俺も知りたい………〝舞〟と〝ご神託なんだ〟という事だけは理解できるんだ……だけど本当のところ、それ以外は何にも解らない。神楽舞なのかも解らない…………」

「………だからまずは、巫女に舞ってもらうしかない………っと言っても、何を舞うかだが………」

 向井はそう言うと、少し眉間に皺を作った。
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