第11話

文字数 4,191文字

 向井から巫女が語った話し、及び鈴木の事を報告を受けた友塚は、意外な訪問者と対坐していた。

「実は俺、ご神託というものに、非常に興味を持っていまして………」

 深く頭を下げて挨拶したのは、都内の大学に通う望月という、青年というにはとてもあどけない童顔の()()だった。

「はぁ………」

 向井は知り合いの大学教授に、無理くり的に高田の孫の光大が喋った、意味不明な言葉……言語……を、どうにか解読してくれないかと押し付けた。その教授も案外適当……というか調子のいい人間で

「こういった事に、触手が伸びる輩がいるもんさ」

 とか言って、気安く引き受けてくれた。
 まぁ、直ぐに解読できるとは思っていないが、有名なご神示や託宣と迄はいかないにしても、何かしらの意味ある神の言葉だとは思っているから、解読できれば本当に神託であると自身でも信じられる。
 その教授が可愛いがっている学生が、ポロっと教授が零した言葉に喰らい付いてきて、どうしても友塚に会いたいと懇願したという。
 
「真面目で勤勉な学生であるから、何かと頼む」

 とか連絡して来た。
 こちらも無理くり押し付けた件もある事だし、会うだけなら………と神社の客室で対坐すると、真面目そうで大人しげな、少年に見える()()に好感を抱かない理由(わけ)がない。

「僕の家はごく普通のサラリーマンで、父の母親……つまり僕の祖母がある神様と関わりある事が分かったんです」

「神様と?」

「ああ……僕の祖母の母親……つまり曾ばあちゃんが、なかなか子供ができなくて………昔は、三年子供が出来なかったら去れ……とか言われたとか?そんな意地悪を言っていたお姑さん……つまり僕の曾々おばあちゃんは、そう言いながらも、自分が信仰する神様に、子宝に恵まれる様にお願いしていたそうで………なので祖母が産まれた時には、神様が授けてくれた子供だと、大喜びしたそうです。何でも曾祖父は片方の睾丸を、木から落ちて潰してしまったとか何とかで、子供ができないだろう……と言われていたそうで。それなのに、よくもあんな酷い事を言えたものだと、曾祖母は祖母に言っていたそうです」

 望月は、童顔を崩して笑った。
 
「もはやこの時点で、高祖母と曾祖母には奇跡が起きてる状況なんですよ」

 笑った顔を真顔に戻して、望月は言う。
 特に信仰が厚い望月の高祖母にとっては、それは絶大なる神様の奇跡となった。そして祖母が歩き始めた頃、高祖母は神が授けてくれたとしか思えない、有り難い孫をお礼詣りに連れて行くと、孫はずっと教会の中に居る、神主に脇目も振らずに近寄って、スッと抱いてもらった。まるで神主に、抱かれる為に其処に居る様に………。それには其処に居た信者はもとより、信者ではない曾祖母も吃驚した。何せ大勢の人が居るのにも関わらず、歩き始めたばかりの望月の祖母は、神主めがけて歩いて行ったからだ。それ以来高祖母の信仰心が、より一層厚くなった事は言うまでもない。
 そんなこんなの話しを聞かされながら、祖母は大きくなり、高祖母とは別に住んでいた為、そのまま曾祖母も曾祖父も信者になる事なく、無論祖母も信者になる事なく歳を経て大きく成長し、高祖母は亡くなり、信仰とは無縁の生活を送った。
 それから時を経て、そんな事などすっかり忘れて暮らしていた或る日、曾祖母が倒れて入院した。曾祖父は早くに亡くなっていて、祖母は曾祖母の女手一つで育ったので、母娘の絆は強く年老いた曾祖母を大事にしていた為、結婚しても曾祖母を引き取って、老後の面倒を見ていたくらいだった。そんな曾祖母が、クモ膜下出血で倒れ手術をした。一命は取り留めたものの、意識のはっきりしない状態の半身不随となり、寝たきりの生活を余儀なくされる事となってしまい、一人娘の祖母の肩に大事な母親の介護という重圧が、ドッシリと掛かった………と言うのも、望月の祖母は一人っ子で、その子供の望月の父も一人っ子、そして転勤で地方に住んでいる……頼りにするしかない祖父は男だから、女である曾祖母の介護はさせられない………望月の祖母はいろいろと問題視されている、介護の悲惨な状況によって起こる、数々の事件を考えて途方に暮れてしまった。
 ………クモ膜下出血で手術した救急病院は、そんなに長く入院していられない。意識が有る無しは関係なく、リハビリをする事になった。
 意識がしっかりしていて一部に麻痺、又は半身不随となったとしても、リハビリをする事によって、少しでも自分でできる事が増えたり、起きて生活をする事が可能となり得るからで、意識がはっきりとしない患者でも、リハビリによって刺激を与えられ、意識が少しずつはっきりとして、時間はかかるものの、寝たきりの生活から脱する可能性もあるから………と言われて、暫くするとリハビリの病院に転院したが、望月の曾祖母の回復は、なかなか望める状態ではなかった。そんな状況で祖母は、毎日バスで病院迄通っていた。
 リハビリをすれば………と期待をしたが、曾祖母は意識ははっきりとしなく、術後は飲み込みもできていたが、ソレができなくなって行く。意識がはっきりしない状態で一番不安なのは、飲み込む力が低下する事で、飲み込む力がなければ、口から栄養を摂る事ができなくなる。口から栄養を取れなくなれば、管を通して直接胃に、栄養を与える方法しかなくなる。曾祖母はクモ膜下出血の手術を受けているから、術後は鼻から管を通して栄養を送っていた。意識がはっきりして、口から栄養を摂取する事ができれば、その管は取り外してもらえ、少しずつでも食事を摂っていけるのだが、曾祖母は意識がなかったから、口から摂取する事が難しかった。もし………口から摂取できれば、もしかしたら………意識の回復も早いかも………。そう言われていたが、このままではどうやらそれも難しいと、理学療法士と医師に告げられた………そんな絶望感を持ったある日、望月の祖母はバスの時間に間があるのを知って、少し歩いてみようかと思い停留所を三つ程通り過ぎた。
 なぜそう思ったのか………病院の周りの景色が、子供の頃住んでいた長閑な田園風景に似ていたからだろうか?それとも疲れていて、多忙に思える毎日から、少し違う事をしてみて逃避したかったのか、それとも何かに導かれたのか…………。
 望月の祖母は懐かしい思いで、長閑な田舎の道を歩いた。
 子供の頃、その先は何があるのだろう………と、想像を巡らせた畦道。所々に点々とする森林………そのずっと先で小さく動く車……。望月の祖母は、まだとても若く綺麗だった母を思って、懐かしさを覚える田舎道を歩いた。
 遠くで鳥の鳴き声が聞こえ、スゥーと風が頬を掠めて行く感覚。まだ子供だった頃に、菜の花畑を見つけて遊んだ、あの頃を思い出して、知らず識らずに涙が溢れていた。四つ目の停留所を見つけて、そこに長椅子があったので、本数が少ないバスが来てはいけないと、座って待つ事にした。込み上げる物をグッと抑えて、思わず天を仰ぎ見ると、驚く程に真っ青な空に、悠々と白い雲がゆっくり流れて行く。ほんとうにゆっくり………だけど確実に。

 ………まるで別の世界に、迷い込んでしまったかの様だ。何の音もせずに、ただ風と鳥の声がする。停留所の前にも、周りにも人家はあるのに、まるで誰も居ない世界に居るようだ。だけど悠々と雲が流れて、時が確実に刻まれているのがわかった。そんな穏やかな一時に、望月の祖母は心が落ち着いて行くのがわかった。
 確実に時は流れて、現実として自分は大事な母の介護をしなくてはならない。途方に暮れどうしようもない事だが、自分ができる限りをするしかない……。そう覚悟ができた時バスの時間が気になって、近くにある停留所の時刻表を見に行って、その停留所の名前を見て驚いた。そこの停留所の名前が、某神社前と書かれてあったからで、望月の祖母は母親が倒れてから、こんなに穏やかな気持ちになれたのも、神様のお導きなのではないか?と思った。
 往々にして途轍もなく苦しかったり、辛かったりした時、偶然の何かを結びつけたり、奇跡に縋ってしまったりする人間が在るものだが、望月の祖母はそういった人間だった。

「きっとこの近くに、神社が在るはず」

 だと思い、その日はバスが来る時刻も近かった為、翌日再びその停留所迄歩いて、そこから神社を探してお詣りをした。それから母親の病院に行く時は、時間があれば、そこの神社にお詣りをする様になった。そんな日々が日課になった頃、望月の祖母はそこの神社に祀られている神様が、高祖母が信仰していた教祖に、関わりのある神様である事に再びの偶然を見つけた。
 偶然が偶然に重なってくると、精神的に弱っている人間は、それは偶然ではなく必然とか奇遇とか思う事がある。まさに望月の祖母は、そんな状況の真っ只中に在った。
 高級な神様……と言うべきなのか、立派な神様?尊い神様?………とにかくそういった神様は、日本で有名で大きな神社や、小さな村の辺鄙な無名な神社の様な所とかに、祀られているものらしい。つまり幾つもの神社で、一人の神様?をお詣りする事ができるものらしい。望月の祖母は、歳をとってからそんな事を知る様な、そんな神仏の信仰者だったから、信仰というものに無縁で育ったというのかもしれない。
 望月の祖母はその神様が、途方に暮れる自分を哀れんで、神社に導いてくれたのだと信じた。信じるしか、自分を支えられなかったのだろう………。
 結局経管栄養でしか栄養を取れず、寝たきりで意識がはっきりしなかった曾祖母は、曾祖母の知り合いが教えてくれた病院に転院し、半年もせずに一生を終えた。母娘の絆が強かったのか、娘を思う曾祖母の思いが強かったのか………祖母は母親が亡くなる迄の間、孫である望月が聞いても

「大丈夫か?」

 と思う程の、数々の不思議な出来事を体験する事になった。だが一番の奇遇は、曾祖母が仲良くしていた人達が最後を迎えた病院を、曾祖母の知人から偶然薦められた事だ。結局望月の祖母は、大事な母親を自宅に戻す事なく、その病院に入院させ最後まで通ったが、それを勧めてくれた人が曾祖母と親しい友人だった為、母親と同年代のその人を通して、母親が言っているのだと受け止めた。
 そして曾祖母が生前言い遺していた事を、できる限り全うした。
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