第14話

文字数 1,209文字

 向井の父……向井の神社の宮司は、巫女がとある小さな社で舞って、何も起きなかったと聞いて残念に思っている反面、それが現実というものだろうと納得している。若い友塚とまだまだ未熟な息子が、面白半分に騒ぎ立てているだけだと思っているからだ。
 神のご神託………それは、神職に就いている者の、閃きや予感というもので、それが神の御心だと思える時もある。だが現代において、神職者が神と交信しようとする事はない。
 だが巫女達が舞った舞に興味を持ち、雅楽会の鈴木が舞ってみる事になった。
 それには〝何か〟を、感ぜずにいられない。
 鈴木賢哉の舞は、あの舞は凄い。
 そう一目で、向井の父は思った。
 舞以外にも楽器を演奏したりもするが、それは全く上手いとは感じないが、彼の舞だけは特別だ。現代において、多種の舞踊……ダンスを素晴らしく舞う人材は数多といるが、それらとは異なった動きをする舞楽は、スピードや華やかさの面からしても、かなり異質の舞だが、その動きから視線を離す事ができなくさせる。彼は舞楽に関しての天才だ。
 その彼が、友塚のご神託の〝舞〟に興味を持った。
 日本には八百万の神が存在し、その神々はいろんなものに存在する。
 つまり〝舞〟にも存在し、その神が鈴木を見い出して認めている。その鈴木が舞いたいと思う〝舞〟………それに意味が無い筈はない。
 向井の父は、小さな神社の友塚が兼任する、それは小さな社での舞の奉納に、極力の援助をする事を息子の向井に許した。

 鈴木は向井から預かった画像から、ある閃きを持って一つの意図を導き出した。たぶんその為ならば、大掛かりな伴奏も舞台も装束も要らないだろう。
 鈴木は向井から聞いた、とある小さな社の前で、身軽なスェットにスニーカーという格好で、大きく体を動かして、ずっとずっと知っている舞を舞って行く………だって鈴木が一目テレビの画像を見て惹かれ、雅楽というものに関わった、それは忘れられない大事な舞だ………暇があればDVDやインターネットの画像を検索して見入って入る舞だ、動きは全て頭に入っているから、習わなくても演者を模して舞える。
 雅楽は楽家で口伝されるもので、その家によって多少なりと型が違ってくるし、永きに渡って継承する内に誕生した、神に愛された天才達によって、癖の様なものもあったはずだ。そのちょっとした癖が、神に愛され神を楽しませていた。そう鈴木は思っている。だからある箇所に来ると、巫女が舞った形を作り、その形に沿って伝承されて来た舞を舞い、再び巫女が舞った時の、ちょっと違う形を入れて行く。巫女が舞った舞と、舞として継承されて来た舞とを、鈴木が感じるままに繋ぎ合わせ、掛け合わせて舞うと、きっと正式に舞われている舞とは、ちょっと違う舞となり、たぶんここが違う、と指摘を受けるような舞だ。だが舞としての形も流れも変わらない。そして鈴木は幾度か舞ってみて、間違いではない事を確信した。
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