第2話

文字数 3,475文字

「……つまり〝舞〟だ」

 小さな社の宮司友塚成斗は、氏子の高田春一と対座して言った。
 
「舞?」

「ええ……。光大君の言葉は一言〝ブ〟………」

 友塚は、神妙な表情を作って言った。

「………とは言え、判然と聞き取れなかっただろう?」

 高田は、怪訝そうに答えた。

 それも当然で、光大が一言発したこの言葉は、周りの大人達にははっきりと聞き取れる物ではなく、なんの脈絡もなく発っせられたから、高田の息子の嫁に当たる、光大の母親が聞き返した程だった。
 だがその後遊びに夢中になった光大は、大人達の思う様には言い返してはくれなかった。
 だがそれからは、光大の奇妙な行動はなくなった。
 両親が側に居ても、声を掛けても反応をせずに、ただ一点を見据えて言葉を羅列する。その様子が奇妙で奇怪で、両親が身震いする程の異様な有り様だった奇行………それが、あれから一切光大の身に現れる事はなくなった。
 だから高田は、友塚の言葉を嘘だとは思っていない。
 
「判然としなかったんですけど………あの意味の無い言葉を聞いて、私は〝舞〟と頭に浮かべたんです」

 友塚は真剣に、高田に理解して欲しいと言う。

 不思議なんですけど……こう……頭の中に〝(まう)〟という漢字が浮かんだ。今思っても〝ブ〟は、武士の〝武〟じゃなくて〝舞〟なんです………それだけが浮かんだ………」

「………だから舞………舞踊って事かな?」

 氏子の高田はそう言った。
 この社は小さくて、もはや無人の社と化しているが、祀られている神は大物だ。そして氏子の数もかなり減ったが、それでも高田の様に、ここの神を信じている者は多い。小さく無名な社のわりに、この辺の者達に愛され、綺麗に掃除され毎日参拝をする者も多い。その為に、ちょっと離れた所に神社を持つ友塚が、この神社を兼任している。

「………たぶん踊るの意の〝舞〟なんだ………」

 友塚が、ウンウン頷いて言った。

「此処で踊れって事かい?」

 高田が、頓狂な声を発する。
 高田だって齢65を越え、長年一途に働いた仕事に一つの区切りをつけ、第二の人生と云われる人生を歩んで数年………先祖代々この神社の氏子であったが為、神社の存続を願い携わって来たものの、祖先が抱いた程の信仰心など持ってはいず、地域の一環として回って来る役目を、果たして来た感が強かったが、定年を迎え時間を余す様になると、不思議とこの神社に足が向き、もはや駐屯する神主も居ないので、掃除をしたり雑草を抜いたり、気がつけば此処で時間を潰す事が増えていき、ちょっと離れた所に神社を持つ友塚が、宮司を兼任しているが為に段々と懇意となって行った。
 そんな高田だから、ご神託とかご神示などと言われたところで、真に受けるはずもないのだが、転勤で離れた所に住む長男の所の孫の光大が、それは恐ろしい状態で、決して子供が言葉として吐く様な言葉ではなく、まして何を言っているのかもわからない、ただ羅列するだけの様な言葉を、毎回一語も違わずに同じ言葉というのか、文句というのか……を繰り返している。そんな身の毛がよだつ様な様子を、録画して見せられては、悪魔憑きか狐憑きか………そんな風に、思ってしまっても仕方のない事だと思う。だから友塚が

「これはご神託です」

 と、断固として言い張ってくれた時には、なぜか不思議と安堵を覚えた。
 人間とは不思議だ。
 悪魔よりは神に憑かれた方が、安心感が持てるのかもしれない。

「舞踊?此処で奉納舞をする様にとの、ご神託でしょうか?」

 友塚は、神妙な表情を作る。
 
「奉納舞?………だと神楽舞かな?」
 
「ああ!神との交信手段としての…………シャーマニズムとしての巫女の時代、神との交信には舞いを使ってた。天照大神の岩戸隠れの際に、アメノウズメが舞ったのが、巫女の原型だといわれています………平安時代には、神祇官(しんぎかん)には御巫(みかんなぎ)や、アメノウズメの子孫の猿女君(さるめのきみ)の官職が置かれ、神楽を舞っていたと推定されている……」

 友塚は、閃いた様に続ける。

「巫女は神楽を舞ったり……祈祷をしたり、神託を得て伝えたり………宗教の確立と共に神社では神楽舞が定着し、現在では神職の補佐や、神社での神事への奉仕と変わってしまった……つまり巫女による舞い?」

 呟いた友塚は、ちょっと首を傾げた。

「………それならば私に辿り着く、高田さんの遠くに住んでいる、お孫さんの光大君を選んだのは妙です………」

「ああ……友塚さんの神社は、巫女さんも居ないし、神楽の奉納はやってないもんなぁ……日本には、立派な神社がたくさんあるし、そこじゃ恒例行事の様に、舞を奉納している所がある」

「………そうですよ……今じゃ寺院だってやってる所がある………つまり、()()()()事じゃない……」

「………じゃ、何なんだ?」

「それが解らない………だけど確かに〝舞い〟なんです」

 すると高田は、大きく腕を組んで唸って首を傾げた。

 そもそも何でアレなんだ?………まだ小学校にも上がらない、光大なんだ?」
 
「……………何でなんでしょう?」

 友塚も、顔を傾げて言った。

「………光大君じゃなかったら、いけなかったんでしょうけど?………」

「だけどなぁ……何で俺の孫なんだ?そーゆーの頂くって……霊感とかある人間だろう?俺も息子もそんなの無いし………」

 すると友塚は、またまた閃いた様に言った。

「光大君じゃないと、もっと時間がかかってた……って事かも?」

 高田の顔を見る。

「どういう事だい?」

「高田さんがいなかったら………此処に辿り着かない………」

 すると高田は不審げに

「ここ?この社って事か?」

 頷く友塚を凝視する。

「この社の、神様なんですよ……」

「はぁ?そりゃ、そういった、言い伝えのある神様だが………」

 そう言いかけて高田は、大きく息を吐いた。

「その能力を持っている人間で、此処の社にたどり着くのに、光大君が一番早かった………」

「………光大にはあるって事か?」

「………それはわかりません。幼児にはいろんな能力が、備わっているって言うじゃないですか?だけど大人になると、そういうものは消え失せる……とも言われる。だけど神との交信をするには、その能力が必要なはず……ただ無垢な幼児なら……?……神様は、お使いになったのかもしれない………つまり高田さんが選ばれた………という事です」

 ええ〜!と、高田が苦い顔を作った。

「高田さん定年してから、此処の社の掃除を欠かしませんからね。それに総代になられて、修繕とか維持に尽力されてる………神様は御覧になっておいでなんですよ」

 友塚が笑ったから、高田は照れる様に頭を掻いて社を見た。
 驚くほどに神力が高く、それこそ光の加減では後光が差して見える。

「………って事は、宮司さんも選ばれた?って事かい?」

「それはどうだろう?………すみません。どうやら私はかなり鈍臭いようで、光大君を通して理解できたのは、〝舞〟と〝ご神託である〟事だけです……」

「………いや、そう言ってもらえただけ、俺の気持ちが救われた………やっぱ、子供に()()()()んだろうな………」

 高田は、溜め息を吐いて言った。
 確かに此処の神様だと思えば、可愛い孫が取り憑かれたとしても、悪い事にはならない様な気がする………氏子の贔屓目だろうか?

「………という事は、此処で巫女さんに舞ってもらう……というわけかい?」

 すると友塚は、一瞬間を置いた。

「………それが……確かに〝舞い〟なんですが………ご神託というのも解るんですよ。それもかなり尊い神様……そう感じたんです。それは確かで、此処の神様ならかなり上級だし、違和感はないんだけど………なぜかしっくりしなくて………」
 
 すると今度は、高田が暫く間を置いて

「だったら、とにかく神様の前で、巫女さんに舞ってもらおう」

 と真剣な表情で言った。

「踊りの〝舞〟には変わりないんだから、手当たり次第って言っちゃなんだが………神様が気にいるまでさ………」

 ジィジ心が、言わせたのかもしれない。
 とにかく録画された光大の表情は、アレはかなりヤバイというか怪しい状態だ。あの状態を思い出すと、仮令此処の神様だとしても、可愛い孫を使って欲しくはない。そんな高田の気持ちを察した友塚は、まだ引っかかりはあるものの、大きく頷いた。

「知り合いの神社には、神楽舞を奉納している所もありますからね、いろいろ聞いてみます………」

「こんな裏は森林で、小さな社しか無い神社だけどなぁ……」

「それでも此処で………ここの神様のお言葉ですから………」

 まだ若い友塚は、ふた回り以上歳の違う高田を見て言った。
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