第8話

文字数 918文字

作品8 作品名 
   『他人』

 盛大なパーティーが開催された。
 こんなに嬉しい事は、未だかつてない。
 私達研究者は勿論、世界中の人々の歓喜に満ちた感情をヒシヒシと感じる。

 何しろ明日、いよいよ私達は、私達と異なる種の知的生命体と対面するのだ。
 宇宙人ではない。
 私達人類が繁栄する以前に、この地球上に居た、別の種の人類だ。
 遺跡から判明したのは、彼らは道具を使いこなし、音楽も楽しむ。
 死者を埋葬した形跡もあり、信仰心もあったと推測される。
 もしかしたら、私達より複雑な社会システムを構築していたかもしれない。
 一説では、彼らの文明の一部を私達人類が引き継いでいる可能性もある。

 私の研究している専門分野は遺伝子学だ。
 今回、やっと、旧人類の遺伝子をコピーして、クローン人間の成長に成功した。
 明日、いよいよ、旧人類が、この世に蘇るのだ。
 無論、まだ、赤ん坊だ。
 これからの課題は、旧人類の赤ん坊をどう育てて、私達と、どのようにしてコミュニケーションを築いていくかだ。

 どうやら、この旧人類は声帯を持ち、言葉を発していたらしい。
 彼らは、言葉の力によって、文明を高め、繁栄したようだ。
 しかし、言葉を得た事により、失われた機能もあるようだ。
 また、彼らは言葉に頼ったコミュニケーションなるが故に社会システムの限界も経験した。
 絶えず、同種族同士の戦いの歴史だったようだ。

 私達、現生人は言葉を使わない。声帯は発達していない。
 考えを言語化して、伝える事も可能だが、元々、コミュニケーションという概念自体が殆んど無い。
 私達、現生人の意識は、個であり、全現生人の意識とも同化している。
 喜びも哀しみも個人のものであり、地球上全ての全現生人のものでもある。
 子育てで困る事も無く、孤独の恐怖や嫉妬心も無い。
 人類同士の争いが起きよう筈が無いのだ。

 明日から、私達、現生人にとっては、初めての異なる意識を持った人類との生活が始まる。
 地球上全ての現生人が、明日、初めての他人に遭遇するのだ。
 私達は喜びと不安の気持ちで、いっぱいだ。

 さて、これから、どうなる事やら。

(了)

842文字
※あらすじ
他者という概念の無い新人類にとっての初めての他人。

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