第21話

文字数 666文字

作品22 作品名 
『手鏡』

 私は、手鏡を伏せておいた。
 鏡の中に写っている私に似た存在を見る事が出来ない。
 奴が私に語りかけてくる人格は、明らかに私の人格とは違う物だ。
 表情も別人のように感じる。

 やがて、私は自分の意思で笑っているのか、奴にコントロールされて笑顔を作っているのか解らなくなってきた。
 それでも、私は本当の自分を知りたくて、また手鏡を手にとって覗き込んだ。

 奴の自信に満ちた表情は何なんだ。
 私の抱えている不安が全く無い。私の意志に関係なく、奴が喋りだしそうで怖くなり、私は手鏡を投げつけて割ってしまった。。
 パリッン!!
「はい、割れましたよ。これで貴方の不安は向こうの世界に全部、行ってしまいました。もう、こちらの世界の貴方に不安はありません。安心してください」
 白衣を着た医者が手鏡を割って、私に笑顔で言った。
 私は月に一度、不安解消の為に、このクリニックを訪れる。
 クリニックを出る時には、何が不安だったのか、その不安の感覚さえも全く覚えていない。
 だが月末になると、何故か言い様の無い不安が、また襲ってくるのだ。
 毎月、この繰り返しだ。

 
 私は、投げつけて割ってしまった手鏡を片づけながら思った。
 もう、こんな人生は嫌だ。
 不安に押しつぶされそうな私の目の前に、また新しい手鏡が出現した。その手鏡の中に写っているのは不安げな表情の私だった。その表情を見ていると、私は少しずつ元気になっていく。
 毎月、この繰り返しだ。

(了)

594文字
※あらすじ
鏡の中の世界と、こちらの世界。どちらが現実の世界か?




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