第1話
文字数 1,652文字
作品1 作品名
『妻』
「ただいま」
「お帰りなさい。夕ご飯は、もう食べたの」
ハツラツとした口調で、若い妻が出迎えてくれる。
元々、年の離れた妻と結婚した事も有るが発注した最新型のアドロイドは、私と妻が出逢った頃の年齢に設定したので、まるで父親と娘のように見られてしまい、一緒に外出する時は、少し気恥ずかしさを覚えてしまう。
私達人類はテクノロジーを駆使して、様々な分野で活用している。
法的な整備も進み、社会に受け入れられ始めている。
世界中の人々の倫理観や宗教観も、変化しつつあるのを感じている。
私に妻のアンドロイドを作るように勧めたのは旧友だった。
彼は妻に先立たれ、今は亡き妻のアンドロイドと一緒に生活をしている。
先日、その旧友は亡き妻のアンドロイドを連れて、彼の妻の墓参りに行ったそうだ。
『妙な心境になり、自分の心の置き場が無くなってしまったようだった』と、語っていた。
何しろ、最新型のアンドロイドは数年前の物とは比べ物にならないくらい現実味がある。
私達の感情が、まだ適応していないのだろう。
私の最新型のアンドロイドは肌の質感は勿論、体臭までする。また、フェロモン物質とでもいうのか、若いあの頃の華の蜜に似た感覚をも感じてしまうのだ。
妻と同じように失敗もするし、感情表現も全く妻と違和感がない。
最新型のアンドロイドは人間の食事をする事も出来る。
週一回、最新型のアンドロイドのサービスステーションにメンテナンスに出し、排便をするのだ。と、いっても食べ物が腐って糞尿になる訳では無い。
最新型のアンドロイドの排便は栄養補助食品のサプリメントとして再利用され、ユーザーに提供されるのだから、メーカーも考えたものだ。
実は、私の妻は生きている。
事故の影響で認知機能が低下してしまった。かろうじて会話は出来るが、私の事もハッキリと認知している訳では無い。
少し前の法律だったら、妻のアンドロイドを作る事は出来なかったが、改正された新法により許可が下りた。
若い妻の姿をしたアンドロイドと暮らすようになり、私は、しだいに施設に居る認知機能の低下した妻に面会する機会が減った。
新法では政府機関に申請すれば、妻と私の子供を得る事が出来る。
妻と私の生きた人間の子供をアンドロイドの妻と一緒に育てる事を私は考え始めていた。
私は心の整理をする為に、一人で施設に居る妻に面会に行った。
私は話しかける事も無く、妻を見ていた。
妻はニコリともせずに不思議そうに私を観ている。
妻が大好きだったプリンを見せても表情に反応はない。
妻は一人でプリンを食べる事も出来ない。
私は妻にプリンを食べさせてあげた。
「美味しい」
妻が私の目を観て、笑顔で言った。
私は妻を不安にしないよう、笑顔を作ったが涙が溢れてしまった。
この妻と私の子供を育てる。
妻も、そう願っているに決まっている。
私の決心は固まりつつあったが、一点の闇が心の奥に残るのだった。
私は、ぼんやりと妻を観ながら、数十年前の私の父の姿を想い出していた。
私の母は、私が幼い頃に亡くなり、父は男手一つで私を育ててくれた。
父は毎朝、母の遺影に花と水を供えていた。
そんな、父の姿を観て育った私の人格形成は、、、いや、私の心の、、、そう私の魂の奥にあるものは常に目に見えないものだった。
私は表情の無い妻の髪をとかしながら妻に話しかけた。
「夕べは、よく眠れた?夕べ、綺麗な満月だったんだよ」
一時間ほど妻と過ごした後、帰ろうとした時、
「あんたは、もう、ご飯食べたの?」
と、妻が私に問いかけた。
私は笑顔で、
「食べたよ。ありがとう」
と、答えた。久しぶりに私の魂が温かくなるのを感じ、満面の笑顔で、もう一度、言った。
「ありがとう」
数日後、私は最新型の妻のアンドロイドを返品してメーカーとの契約を解除した。
解約の為の、お金は高くついてしまったが、私の魂は満たされていた。
(了)
1568文字
※あらすじ
目に見える物だけに囲まれた生活の未来。
『妻』
「ただいま」
「お帰りなさい。夕ご飯は、もう食べたの」
ハツラツとした口調で、若い妻が出迎えてくれる。
元々、年の離れた妻と結婚した事も有るが発注した最新型のアドロイドは、私と妻が出逢った頃の年齢に設定したので、まるで父親と娘のように見られてしまい、一緒に外出する時は、少し気恥ずかしさを覚えてしまう。
私達人類はテクノロジーを駆使して、様々な分野で活用している。
法的な整備も進み、社会に受け入れられ始めている。
世界中の人々の倫理観や宗教観も、変化しつつあるのを感じている。
私に妻のアンドロイドを作るように勧めたのは旧友だった。
彼は妻に先立たれ、今は亡き妻のアンドロイドと一緒に生活をしている。
先日、その旧友は亡き妻のアンドロイドを連れて、彼の妻の墓参りに行ったそうだ。
『妙な心境になり、自分の心の置き場が無くなってしまったようだった』と、語っていた。
何しろ、最新型のアンドロイドは数年前の物とは比べ物にならないくらい現実味がある。
私達の感情が、まだ適応していないのだろう。
私の最新型のアンドロイドは肌の質感は勿論、体臭までする。また、フェロモン物質とでもいうのか、若いあの頃の華の蜜に似た感覚をも感じてしまうのだ。
妻と同じように失敗もするし、感情表現も全く妻と違和感がない。
最新型のアンドロイドは人間の食事をする事も出来る。
週一回、最新型のアンドロイドのサービスステーションにメンテナンスに出し、排便をするのだ。と、いっても食べ物が腐って糞尿になる訳では無い。
最新型のアンドロイドの排便は栄養補助食品のサプリメントとして再利用され、ユーザーに提供されるのだから、メーカーも考えたものだ。
実は、私の妻は生きている。
事故の影響で認知機能が低下してしまった。かろうじて会話は出来るが、私の事もハッキリと認知している訳では無い。
少し前の法律だったら、妻のアンドロイドを作る事は出来なかったが、改正された新法により許可が下りた。
若い妻の姿をしたアンドロイドと暮らすようになり、私は、しだいに施設に居る認知機能の低下した妻に面会する機会が減った。
新法では政府機関に申請すれば、妻と私の子供を得る事が出来る。
妻と私の生きた人間の子供をアンドロイドの妻と一緒に育てる事を私は考え始めていた。
私は心の整理をする為に、一人で施設に居る妻に面会に行った。
私は話しかける事も無く、妻を見ていた。
妻はニコリともせずに不思議そうに私を観ている。
妻が大好きだったプリンを見せても表情に反応はない。
妻は一人でプリンを食べる事も出来ない。
私は妻にプリンを食べさせてあげた。
「美味しい」
妻が私の目を観て、笑顔で言った。
私は妻を不安にしないよう、笑顔を作ったが涙が溢れてしまった。
この妻と私の子供を育てる。
妻も、そう願っているに決まっている。
私の決心は固まりつつあったが、一点の闇が心の奥に残るのだった。
私は、ぼんやりと妻を観ながら、数十年前の私の父の姿を想い出していた。
私の母は、私が幼い頃に亡くなり、父は男手一つで私を育ててくれた。
父は毎朝、母の遺影に花と水を供えていた。
そんな、父の姿を観て育った私の人格形成は、、、いや、私の心の、、、そう私の魂の奥にあるものは常に目に見えないものだった。
私は表情の無い妻の髪をとかしながら妻に話しかけた。
「夕べは、よく眠れた?夕べ、綺麗な満月だったんだよ」
一時間ほど妻と過ごした後、帰ろうとした時、
「あんたは、もう、ご飯食べたの?」
と、妻が私に問いかけた。
私は笑顔で、
「食べたよ。ありがとう」
と、答えた。久しぶりに私の魂が温かくなるのを感じ、満面の笑顔で、もう一度、言った。
「ありがとう」
数日後、私は最新型の妻のアンドロイドを返品してメーカーとの契約を解除した。
解約の為の、お金は高くついてしまったが、私の魂は満たされていた。
(了)
1568文字
※あらすじ
目に見える物だけに囲まれた生活の未来。