第18話

文字数 959文字

作品19  作品名 
    『幻想』

 かつて、東の空の神は、恐れと恵みの感謝を人間達に与えた。
 かつて、西の空の神は、絶対的存在感で、心の拠り所を人間達に与えた。
 やがて、北の空の下で暮らす人間達の心の中に幻影の神が現れ、万能の幻想が芽生えた。
 南の空の下で暮らす人間達の心の中では、(いにしえ)の神が蘇り、静かな消える事の無い命を取り戻した。

「何をしているんだい」
「僕の生まれ育った南の国では、裸足で大地を踏みしめて、鎮魂の祈りを捧げる風習があるんだ」
「鎮魂の祈りって何だい。俺の生まれ育った北の国には、そんな事をする人間は一人もいない。世界は物理の法則で成り立っているんだ。そんな迷信めいた事が必要なのかい」
「解らないけど風習だから。僕らも理由や意味があってやっている訳じゃないんだ」
「そういえば、君達、南の国の人は身近な家族が亡くなっても、人工知能で故人の人格の復活をさせないね。家族に未練とかないのかい」
「そういう習慣がないんだ。僕等、南の国の人間は亡くなった親族が目に見えないけど、近くで一緒に暮らして居るという考えの風習があって、故人の為の食事も作るんだ」
「へぇ。不思議な人たちだね」

 或る日、北の国の人が南の国の人に聞いた。
「君達は死ぬのが怖くないのかい」
 南の国の人は答えた。
「ただ、受け入れるだけだよ。生きる理由を考えていないんだ」
 北の国の人は不思議そうな顔つきで言った。
「俺達は永遠に今の生活を続ける事が出来るんだよ。俺達の意識を永遠に残し続けるんだ」
 南の国の人に、北の国の人の言葉は届かなかった。

 数千年の月日が過ぎた北の国の大地は、深い深い森に覆われていた。
 多くの動物達が、生き生きと暮らす世界に人間達の姿は無かった。
 かつて、人間だった者たちの意識をプログラム化した機械が作動するだけだった。
 機械のプログラムの中で、仮想の意識が生活を繰り広げている。だが、北の国の大地に人間の臭いも足跡も無かった。

 人間だけが世界を造っているというのは幻想だという事を数千年前に人間だった北の国の人達は知らなかった。

 数千年の月日の過ぎた南の国の大地では、裸足の人間達が大地を踏みしめて、鎮魂の祈りを捧げて暮らして居る姿があった。

(了)

900文字
※あらすじ
生きる事と死ぬ事の意味を知らなかった北の国の人の幻想。

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