第15話

文字数 3,259文字

作品16 作品名 
『種の起源』

 第一章『チェス』
 僕のクラスメイトの幸雄が身体機能のグレードアップをした。
 昨日まで、僕の方が断然と強かったチェスの勝敗が三十秒で幸雄の勝利に終わった。

 この街の人間は皆、年頃になると身体機能のグレードアップをする。
 体力、知力に個人差が無くなった今、ファッションで着飾るように、自分自身の身体機能をグレードアップしている。

 それが個性だと僕も信じていた。

 学校の帰り道で、父さんの弟の伸介叔父さんにあった。
「よぅ。秀雄じゃないか。どうしたいっ。浮かない顔だなぁ」
「うん。僕も、そろそろ身体機能のグレードアップを考えているんだけど、どうしようかと思って」
「あぁ。あまり器用貧乏に、なるんじゃねぇよ。テメェの生き方はテメェで探すもんだぜぇ。世間に踊らされて、トンチンカンな人間になっちゃ駄目だぜ。今は自分の力で一所懸命に、何にでも挑戦してみな。そのうちに御天道様がイイ塩梅(あんばい)の所に案内してくれるよ」
「えー。神様なんて居るのかなぁ」
「神様ってもんは、本当に絶望した者だけに感じる事が出来るんじゃないかい。神に、すがるしか出来ないんだよ。本当に絶望した人間はな」
「僕の父さんが死んだ時には、神様は何もしてくれなかったよ」
「兄貴が亡くなって、もう十二年か。秀雄の父ちゃんは死んでも、いつだって近くに居るんだよ。それに神様は人間のオタスケマンじゃねぇんだよ。ハッハッハッ」
 叔父さんは笑いながら行ってしまった。
 マッタクゥッ、叔父さんの言う事は、いつも訳が解らない。
 でも、本当の絶望って何だろう。

 去年、修学旅行で行った『太陽の巫女』と呼ばれていた人の大昔の古墳を思い出した。大昔の人は、皆既日蝕で太陽が姿を消しただけで大騒ぎだったという。
 天候不良などで大飢饉になって、飢えるのが何よりも怖かったのかな。食べられて、生きていけるだけで感謝していたのかな。幸せって何だろう。

「ただいま。お母さん、今、伸介叔父さんに会ったよ」
「あらっ。元気にしてた」
「いつもの調子だよ。それより、お母さんは僕に、どんな人間になってほしい」
「そうね。ちゃんと自分の部屋を片づける人かな。今日こそは夕飯までに綺麗に片づけてね」
「何だよ。僕は真剣に聞いているのに」
「母さんも真面目よ。まぁ、あとは健康ならイイわ」
「健康じゃ、個性が無いよ」
 僕は、さっき叔父さんが言っていた創造力という言葉が気になっていた。
 創造力って何だろう。人間は何を考えて、何を造ってきたのだろう。

 友達たちは個性だと言って、色々な身体機能のグレードアップをしているけど、どの友達の顔も特徴も思い出せない。
 どんな性格だったかも記憶に無い。これって何なんだろう。僕らの未来は何処を向いているのだろう。

「秀雄。御飯、出来たわよ。あらっ。ぜんぜん、部屋、片づけてないじゃない。もう。御飯、食べたら、ちゃんと片すのよ。お母さん、今夜は夜勤だから。あとは、お願いね。じゃね。行ってくるね」
「はーい。いってらっしゃい」

 ドンッ、ドンッ、ドンッ。ドンッ、ドンッ、ドンッ。
「何ですか、夜中に」
「秀雄君ですね。お母さんが自動運転装置の故障で事故に遭って、病院に運ばれました」
 玄関に居たのは警官だった。

「お母さーん」
「あっ、秀雄。ゴメンね。大した事ないのよ。ゴメン。明日には帰れるから。ゴメンね」
「ビックリしたよ。大丈夫なの。無理しないでね」
 母さんの怪我は、かすり傷程度だった。検査結果も異常はなかった。僕は、まだ気が動転していたが、ひとまず家に帰る事にした。

 ほんの三時間前まで普通の、いつもの家だったのに。今は何か大きな穴が開いてしまったようだ。
 静かな家の中。まるで知らない家に帰って来てしまった気がした。僕は取りあえず、自分の部屋を片付け始めた。
「あっ。これ」
 物入れの奥から十数年前の写真が出てきた。小さな子供の僕と父さん、母さんが写っている。僕の七五三の写真かなぁ。
 写真の中の若い父さんと母さんは満面の笑みで輝いていた。写真の裏に父さんの字で、『産まれてきてくれて、ありがとう』と書いてあった。
 片づけを済ますと、僕は負けると解かっているチェスをコンピューター相手に始めた。


 第二章『HIMIKO』
 百年ほど昔に打ち上げた二つの太陽光電池が日本列島の上空にあった。
 現在は、その役目を終え、宇宙空間を漂っている。
 かつて、夢の最新技術を駆使して作られた、二つの太陽光電池は、『AMATERASU』、『HIMIKO』と名付けられ、日本中に電力を供給していた。
 その『HIMIKO』が暴走したのだ。
 外国勢力の陰謀説や、日本政府が秘密裏に武器利用に転換しようとして失敗したとか、様々な憶測が飛び交ったが真偽は解らない。
 確かな事は、かつて安全で、クリーンなエネルギーを供給してくれていた『HIMIKO』が、日本列島を焼き尽くそうとしている事だ。
 世界中が恐怖と絶望に陥った。

「いったい、どうなっているんだ。マイクロ波の周波数が狂ったのか」
「そんな筈はありませんが、とにかく信じられない程、強力なレーザービームが地上を焼き尽くしています」
「爆破できないのか」
「あれだけ巨大な物だと危険です」
「今の状態より、危険な事は無い。とにかく直ぐに爆破チームを編成しろ」

  ☆
 
「兄さん、何で兄さんなんだよ。まだ子供だって小さいのに」
「俺に何かあったら、秀雄の事を見守ってくれよ。伸介」
「誰か、他に変わりは居ないのかい」
「キャリアから考えて、俺が一番の適任者だろうな。仕方いなさ。だが俺は嬉しいんだよ。未来の世界の為に役に立てる事がね。秀雄だけじゃなく、世界中の子供達は希望なんだ。俺達は未来の希望の為に生きているんだ。こんな解り易い形で役に立てるんだから、秀雄も自慢できるだろう。絶対に成功させるからな」

 見事に任務を果たし、『HIMIKO』の脅威は去った。
 だが、兄貴は逝っちまった。

 兄貴が守った未来は、これから何処に向っていくのだろう。
 少なくとも、兄貴の想いだけは、受け継がないと。

 
 第三章『パンドラの箱』
 この街の人達が、身体機能のグレードアップをし始めて、数十年の月日が経つ。
 今じゃ、人が産まれる前の段階で、遺伝子操作をして、能力の高い人間を産む事まで行っている。

 遺伝子研究をしている僕は、大きな評価のある論文発表も無く、まだ、教授にはなれていない。
 だが、僕の計算によると、約三世代の後、つまり、おおよそ百年足らずで、この地球上に数種類の新しい種の人類が誕生する事になるだろう。
 急激な生活環境の変化に加えて、行き過ぎた遺伝子操作により、本来、百万年かかる進化が僅か百年という短い時間で起きるのだ。
 もしかしたら、僕の曾孫の世代には、隣の家の女の子に恋をしても、別の種族の新人類だったなんて事があるかも知れない。
 いや、人類の姿かたちまでが変化していても不思議ではない。
 唯一つ言えるのは、数種の人類たちが、お互いに共存共栄していかないと、僕ら人類の未来が無いという事だ。


「秀雄、聞いたか。最近、130年前の旧式の人工知能を使用した機械やロボットが人を襲い出したらしいぞ」
「えっ。どういう事ですかね」
「今、検証中にらしいが、噂では130年前の人達が旧式の人工知能にインプットしたプログラムの中で、人類に脅威となる物を排除するように設定されていたものが原因らしいぞ。何でも、30年前の太陽光電池『HIMIKO』の暴走も、それが関係しているって話だぞ」
「まさか。もしかしたら僕が仮説で提唱している新人類の創生を敵だと認識して、旧式の人工知能が反応したのかも知れない」
 100年以上昔の人間達のエゴが多くの人や父さんの命を奪ったというのか。
 何故だ。
 イシュマイルもイサクもアブラハムの子孫だという事を僕らは知っているはずなのに。
 人類の未来は何処に辿り着くのだろう。

(了)

3120文字
※あらすじ
短期間で別の種族が創生される人類の未来。



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