降りたる魔族 1
文字数 3,541文字
祭典の中で短期の雇われ魔術士の任務は、基本的に警備等の重要なものに関わるものではなく、どちらかといえば装飾やイベントの盛り上げのような進行において華やかさを提供する為の役割が割り振られる。そして表向き『具象化魔術以外は殆ど使えない』という前提になっている魔術士ルビーは会場全体に花を飛ばしたり光の粒を降らしたりという大掛かりな具象化魔術を担当する事になり、唯一ルビーと上手く連携が取れる上に能力が高いクラウンは、そこに更にアレンジを加える役割を担当している。
他の多くの魔術士たちがもっと多くのグループに分けられている中、二人の役割では他の魔術士が配分されていないのはクラウンことアミルの上手い立ち回りであったり、裏でのクリアからの助言が効いていたりするが、その辺りはルビーことサファイアは知らない。
更に言うなら彼女とクラウンが魔術士たちの中で異質な扱いを受けている事すら、気付いていない。
そして気付いているクラウンの方はそんな事等気に留める事無く、一人怪しい対象を探していたけれども、結局完全にそれを見つける事は出来ないままに祭典当日にまできてしまった。
だが、祭典が始まれば嫌でも術者は判明するだろう。
出来ればその前に解ればよかったけれども、結局術が発動する事に変わりはないのだから行き着く先は同じなのだと、その部分では達観して少年は構えていた。
(どうしようもないんだから、せいぜい足掻くしかねーよな。まぁ不意打ちで竜、ってな状況よりは出て来るのがほぼ確実にわかってる分まだ楽なんだよ)
二人がいるのは祭典の中央舞台、王族たちが集う場所の上にある天蓋の上だ。
全てを見渡せる場所だからこそ装飾を携わるに丁度良いというのもあるが、何かあった時に真っ先に気付ける為に手配した場所という事もある。
真下にある舞台。
そこでは、王を中心に両脇に王妃および王子王女とその側近が並んでいる。
もうすぐに始まる祭典を前にそこは既に関係者各位が並んでいるが、第三王位継承者の席は空席のまま、その後ろにはクリアとイガルドが並んでいる。金の髪の魔術士と黒の髪の騎士は、七年こうして空席の傍で控えていたのだろう。
契約に従えば二人はこの祭典の前日である王女の七年の失踪が成立した日でこの場にいる資格は失われている筈だったが、王のたっての希望で最期の祭典にはけじめとして出るように言われているのだとイガルドが言っていたのを思い出す。
「何かやってくるとすれば、正に最適な状況だな」
「うん」
思わずぼやいたクラウンの隣で元気無くルビーが頷くのを、少年はその頭をぽんと撫でて笑う。
「大丈夫だって。俺がどーにでもしてやるから」
最近髪を伸ばしてもらっている。戦士学校を出た頃は同じくらいだった髪は、今では肩にかかる程の長さになっていた。色を変えているから少女に見えても問題ないというのもあるが、ずっと男として身を隠していたからこそ、少女らしく気侭に、彼が見てきたような少女達のようにお洒落を楽しむようになって欲しかった。
王女だったくせに未だそういうものに慣れない彼女は、魔女学校でそういう知識に詳しくなった彼が着飾らせる度に戸惑うけれど。
これが終わったら本当の姿で自由になるだろう。
今ですら日に日に綺麗になっていく彼女が、本当に自由になったらきっととても眩いに違いない。
「でも、無理はしないで。いざとなったら僕自身が出るから」
七年の月日が過ぎて、既に彼女が王族でなくなった事は確定された事実。それでもその身を晒せば確かに効果は大きいだろう。例え色付きが操られたとしても、その前に彼女自身が身を晒してしまえばある程度の時間は稼げるに違いない。しかしそれは最後の手段。
姿を晒せば、サフ自身の安全が脅かされる。
「おいおい。こんなの竜相手にするよりゃ楽なもんだぞ?」
だからあえて軽く笑う。
本当は、魔族と対峙するのは竜並には拙い状況なのだけれども、それを教えても状況は変わらないから。
「任せとけって」
頭上に二人がいるのを確認してクリアは溜息をつく。
普段着ないような儀式用のローブを羽織っている。正直これに袖を通すのは今日で最期にしたい。隣にいるイガルドも同じように正装しているが気分は似たようなものだろう。
結局犯人の割り出しは出来ないまま当日が訪れてしまった。正直な話、何かされると解っていてこの場所に来るのは気が重かったけれども、これが最期の後始末だと自分に言い聞かせる。一緒にいるイガルドを護れないというのも気が重くなる理由の一つだ。
「なぁ?」
「何? イギー」
小さな声で問いかけて来るのは黒髪の騎士。
七年間空席のままの王女の席の後ろ、二人並んでいる。会場では音声魔術により祭典進行の音が常に流れているから、これくらいの声であれば他の者達には聞こえないだろう。
「魔族が関わって来るんだろ? あの子が、此処にいるのって、本当は拙く無いのか?」
あの子とは他でもない主のことだろう。イガルドも彼女が真上にいる事を知っている。そして今の状態が、魔族召還と契約実行が使われるまでの待機時間だという事も知っている。どちらが操られるか、最悪両方かもしれないという事も伝えてある。
自分を真っ先に心配しても良いものを、それでも主の身を案ずる辺りが彼らしい。
「大丈夫。彼が、一緒にいるし」
色付きの魔術士。
歳若い、されどクリアを越えるだろう能力を宿している者。一つの場所に二人も色付きが揃っている等、この場の他の誰もが想像していないに違いない。クリアたちを見に来ているような他国の王族貴族も、まさかその頭上にもう一人同じ色を持つ魔術士がいる等思ってもいないだろう。
「気になってたんだけど」
「うん?」
「そういえばお前最初から彼奴の事結構信用してたように見えたけど、何でだ?」
言われ、そう言われれば彼に大事な事を言っていなかった事を思い出す。確かに、何も知らなければあの少年は怪しいだけに違いない。辛うじてサファイアが信を置いているという一点で、何とか認めているらしいものの納得出来ない点は多いだろう。
ちらり、頭上に視線をやってクリアは笑う。
魔術士それ単体は結構自由なのだが、一度色の称号を持ってしまえば制約が増えるし、次元の狭間の主の代行者としての責任も重い。それ故に転じて互いへの危害確執は発生し辛くなる。それは色付き同士の衝突で世界の調和が崩れない為の措置でもあるのだろうけれど、結局信用する理由とすれば大部分がそこだ。
「彼ねぇ。僕と同じなんだよ」
「同じ?」
「魔術士としての立場」
言った瞬間にイガルドが小さく吹き出した。聡い騎士はそれだけで事実を理解したらしい。
「ままま待てよ、あんな若いのにかっ!? 嘘だろ?」
「僕もアレくらいの歳にはなってたからねぇ。だから、今回の件は大船に乗った気でいてもらっていいよ」
辛うじて声量が変わらないだけの理性は保ったらしいが、戸惑いは隠せていない。
気持ちは解る。クリア自身ですら驚いたのだから、まして魔術士でない彼が驚かない訳が無い。
それでも、事実だ。
同時に唯一の勝算である。
色付きが二人揃えば、異界の存在ですら命懸けでどうにかあしらえるのだから、今回の問題も五分とはいえどうにかならない事も無い筈だから。
祭典はゆっくりと進行していく。
何処でしかけられるか解らない罠を、彼等はただ待っている。
二人を皇国に捉える為に用意されたらしい身勝手な誰かの要望に因る罠にあえて身を投じるのは癪な話だったけれども、他に方法がないのだからどうしようもない。
最悪、主が危険に晒されなければもう何でも良い、とクリアが思い始めた所で、周囲の魔力が一気に濃くなったのを感じて背筋にぞわりと悪寒が走った。一気に濃密になるヒトならざるモノの気配に、魔術士でないイガルドが一気に殺気立つ。
魔物の子を育てただけあって、魔術士でもないのにイガルドは魔の気配に聡くなった。
そんな二人を他所に祭典は進行し、各々の王子王女が王に寿ぎをする所まできた時、彼等は自分たちの身体の自由が何らかの大きな力でもって奪われた事に気がついた。意識はそのままで、身体の感覚だけが切り離されたその状態でそれでも立っていたのは、感覚を奪ったものの制御下に入ったせいなのだろう。
あぁ。頭上の彼もこの状態にもう気付いた筈だ。
どうやら相手はこの、王子王女の寿ぎの場面でもって二人に何かさせるらしい。恐らくは誰かに忠誠を誓わせるような事を。
確かに、この中の誰かが二人の所有を宣言するにはうってつけの場面だろう。
(頼むよぅ? クラウンさんやー)
頭上にいる相手にクリアはひっそり心中で激励を送った。
他の多くの魔術士たちがもっと多くのグループに分けられている中、二人の役割では他の魔術士が配分されていないのはクラウンことアミルの上手い立ち回りであったり、裏でのクリアからの助言が効いていたりするが、その辺りはルビーことサファイアは知らない。
更に言うなら彼女とクラウンが魔術士たちの中で異質な扱いを受けている事すら、気付いていない。
そして気付いているクラウンの方はそんな事等気に留める事無く、一人怪しい対象を探していたけれども、結局完全にそれを見つける事は出来ないままに祭典当日にまできてしまった。
だが、祭典が始まれば嫌でも術者は判明するだろう。
出来ればその前に解ればよかったけれども、結局術が発動する事に変わりはないのだから行き着く先は同じなのだと、その部分では達観して少年は構えていた。
(どうしようもないんだから、せいぜい足掻くしかねーよな。まぁ不意打ちで竜、ってな状況よりは出て来るのがほぼ確実にわかってる分まだ楽なんだよ)
二人がいるのは祭典の中央舞台、王族たちが集う場所の上にある天蓋の上だ。
全てを見渡せる場所だからこそ装飾を携わるに丁度良いというのもあるが、何かあった時に真っ先に気付ける為に手配した場所という事もある。
真下にある舞台。
そこでは、王を中心に両脇に王妃および王子王女とその側近が並んでいる。
もうすぐに始まる祭典を前にそこは既に関係者各位が並んでいるが、第三王位継承者の席は空席のまま、その後ろにはクリアとイガルドが並んでいる。金の髪の魔術士と黒の髪の騎士は、七年こうして空席の傍で控えていたのだろう。
契約に従えば二人はこの祭典の前日である王女の七年の失踪が成立した日でこの場にいる資格は失われている筈だったが、王のたっての希望で最期の祭典にはけじめとして出るように言われているのだとイガルドが言っていたのを思い出す。
「何かやってくるとすれば、正に最適な状況だな」
「うん」
思わずぼやいたクラウンの隣で元気無くルビーが頷くのを、少年はその頭をぽんと撫でて笑う。
「大丈夫だって。俺がどーにでもしてやるから」
最近髪を伸ばしてもらっている。戦士学校を出た頃は同じくらいだった髪は、今では肩にかかる程の長さになっていた。色を変えているから少女に見えても問題ないというのもあるが、ずっと男として身を隠していたからこそ、少女らしく気侭に、彼が見てきたような少女達のようにお洒落を楽しむようになって欲しかった。
王女だったくせに未だそういうものに慣れない彼女は、魔女学校でそういう知識に詳しくなった彼が着飾らせる度に戸惑うけれど。
これが終わったら本当の姿で自由になるだろう。
今ですら日に日に綺麗になっていく彼女が、本当に自由になったらきっととても眩いに違いない。
「でも、無理はしないで。いざとなったら僕自身が出るから」
七年の月日が過ぎて、既に彼女が王族でなくなった事は確定された事実。それでもその身を晒せば確かに効果は大きいだろう。例え色付きが操られたとしても、その前に彼女自身が身を晒してしまえばある程度の時間は稼げるに違いない。しかしそれは最後の手段。
姿を晒せば、サフ自身の安全が脅かされる。
「おいおい。こんなの竜相手にするよりゃ楽なもんだぞ?」
だからあえて軽く笑う。
本当は、魔族と対峙するのは竜並には拙い状況なのだけれども、それを教えても状況は変わらないから。
「任せとけって」
頭上に二人がいるのを確認してクリアは溜息をつく。
普段着ないような儀式用のローブを羽織っている。正直これに袖を通すのは今日で最期にしたい。隣にいるイガルドも同じように正装しているが気分は似たようなものだろう。
結局犯人の割り出しは出来ないまま当日が訪れてしまった。正直な話、何かされると解っていてこの場所に来るのは気が重かったけれども、これが最期の後始末だと自分に言い聞かせる。一緒にいるイガルドを護れないというのも気が重くなる理由の一つだ。
「なぁ?」
「何? イギー」
小さな声で問いかけて来るのは黒髪の騎士。
七年間空席のままの王女の席の後ろ、二人並んでいる。会場では音声魔術により祭典進行の音が常に流れているから、これくらいの声であれば他の者達には聞こえないだろう。
「魔族が関わって来るんだろ? あの子が、此処にいるのって、本当は拙く無いのか?」
あの子とは他でもない主のことだろう。イガルドも彼女が真上にいる事を知っている。そして今の状態が、魔族召還と契約実行が使われるまでの待機時間だという事も知っている。どちらが操られるか、最悪両方かもしれないという事も伝えてある。
自分を真っ先に心配しても良いものを、それでも主の身を案ずる辺りが彼らしい。
「大丈夫。彼が、一緒にいるし」
色付きの魔術士。
歳若い、されどクリアを越えるだろう能力を宿している者。一つの場所に二人も色付きが揃っている等、この場の他の誰もが想像していないに違いない。クリアたちを見に来ているような他国の王族貴族も、まさかその頭上にもう一人同じ色を持つ魔術士がいる等思ってもいないだろう。
「気になってたんだけど」
「うん?」
「そういえばお前最初から彼奴の事結構信用してたように見えたけど、何でだ?」
言われ、そう言われれば彼に大事な事を言っていなかった事を思い出す。確かに、何も知らなければあの少年は怪しいだけに違いない。辛うじてサファイアが信を置いているという一点で、何とか認めているらしいものの納得出来ない点は多いだろう。
ちらり、頭上に視線をやってクリアは笑う。
魔術士それ単体は結構自由なのだが、一度色の称号を持ってしまえば制約が増えるし、次元の狭間の主の代行者としての責任も重い。それ故に転じて互いへの危害確執は発生し辛くなる。それは色付き同士の衝突で世界の調和が崩れない為の措置でもあるのだろうけれど、結局信用する理由とすれば大部分がそこだ。
「彼ねぇ。僕と同じなんだよ」
「同じ?」
「魔術士としての立場」
言った瞬間にイガルドが小さく吹き出した。聡い騎士はそれだけで事実を理解したらしい。
「ままま待てよ、あんな若いのにかっ!? 嘘だろ?」
「僕もアレくらいの歳にはなってたからねぇ。だから、今回の件は大船に乗った気でいてもらっていいよ」
辛うじて声量が変わらないだけの理性は保ったらしいが、戸惑いは隠せていない。
気持ちは解る。クリア自身ですら驚いたのだから、まして魔術士でない彼が驚かない訳が無い。
それでも、事実だ。
同時に唯一の勝算である。
色付きが二人揃えば、異界の存在ですら命懸けでどうにかあしらえるのだから、今回の問題も五分とはいえどうにかならない事も無い筈だから。
祭典はゆっくりと進行していく。
何処でしかけられるか解らない罠を、彼等はただ待っている。
二人を皇国に捉える為に用意されたらしい身勝手な誰かの要望に因る罠にあえて身を投じるのは癪な話だったけれども、他に方法がないのだからどうしようもない。
最悪、主が危険に晒されなければもう何でも良い、とクリアが思い始めた所で、周囲の魔力が一気に濃くなったのを感じて背筋にぞわりと悪寒が走った。一気に濃密になるヒトならざるモノの気配に、魔術士でないイガルドが一気に殺気立つ。
魔物の子を育てただけあって、魔術士でもないのにイガルドは魔の気配に聡くなった。
そんな二人を他所に祭典は進行し、各々の王子王女が王に寿ぎをする所まできた時、彼等は自分たちの身体の自由が何らかの大きな力でもって奪われた事に気がついた。意識はそのままで、身体の感覚だけが切り離されたその状態でそれでも立っていたのは、感覚を奪ったものの制御下に入ったせいなのだろう。
あぁ。頭上の彼もこの状態にもう気付いた筈だ。
どうやら相手はこの、王子王女の寿ぎの場面でもって二人に何かさせるらしい。恐らくは誰かに忠誠を誓わせるような事を。
確かに、この中の誰かが二人の所有を宣言するにはうってつけの場面だろう。
(頼むよぅ? クラウンさんやー)
頭上にいる相手にクリアはひっそり心中で激励を送った。