そして全てが終わる 1

文字数 3,295文字

 全ての時が止まったかのような静けさの支配する会場の中。
 その中央、壇上の中にあっても動いているのはアミル自身とサフとクリア、イガルド、そして皇国の王と未だ泣いている第五王位継承者のみだった。否、人外であればケルベロスもその中に含まれている。ソレ以外の全てが時間が止まったかのように動かない。
 アミル自身が、空間ごと凍結させたのだ。
 一般的な魔術ではない。
 いや、コレは魔術と呼ぶべきではないのかもしれない。それは世界に干渉する立場にある精霊達、その中でも時間を担当する精霊との交渉により発生させている『結果』であって、ヒトが用いる魔術とは少々次元が異なっている。
 それを理解したのだろうケルベロスが小さく唸る。
<ふむ。やはり面白いな生命の賢者よ>
「わり、今ちょっと話す時間惜しいんだわ。協力してもらった後で良いか? コレの原理教えてやっから」
<興味深い交換だな。良かろう、我に応えられる内容なら何なりと言うが良い>
 時間の精霊に協力を仰ぐのは、ケルベロスと魔力を乗せた会話よりも消費し続ける。
 世界に数多存在する精霊の中、既知の存在で且つ協力を得られた精霊のみと交わせる契約形式のその術は、精霊使いと呼ばれたもの達が行使していたソレを軸としてアミルが敢えて魔術的な使用をしているに過ぎない。
 元より精霊達は己達の存在を強制的に操る魔術の類は全般嫌う傾向がある。
 こうして今こんな事が出来ているのは、一重にアミル自身が彼等に育てられた、彼等に取っては我が子のような存在で有り、故に我が子の我侭を赦すかのようにその暴挙を赦してくれているから成立しているに過ぎないのだ。
 しかし、暴挙を黙認してくれていても、決して甘く接してくれている訳ではない。じわりじわりと感覚を削ぐように魔力が削られて行く。否、もしかしたらソレは俗に言うエーテルの方なのかもしれない。
「おいおい…………コレは一体何の冗談なの、クラウンさんや。やってるのは、お前さんなんだろ?」
 恐らく、純粋な魔術士であるクリアには理解すら難しいだろう。場に満ちる濃厚な時の精霊の存在こそ感じているかもしれないが、それは純粋な存在であるが故にケルベロスのそれと似通っていて、明確に区別する事は難しいだろう。
「ちぃーっと、ここいら全域の空間を凍結させてもらった。やり方は後で解説な。とりあえず、今から魔術の王の処罰を躱す術と、今回の問題の終局を目指す術を纏めて話す。時間が無いから一回で理解してくれ」
 そう、時間は無い。
 破幻の杖の力と、最悪サフの増幅力を持ってしても、今のアミルの力ではこの場を持たせられるのは20分が限界だ。その間に使う術を考えれば10分保てば良い方だろう。
(大体、あのおっさんがコレで何処まで誤摩化されてくれるか、殆ど賭けみたいなもんだけどな)
 内容的には裏技どころか反則技に近いのだから。
「まず皇国の王。アンタの存在を軸として記憶操作の封印を今から施す。鍵は、『皇国の王という存在の認識』、つまり此所の人間が皇国の王を認識し、その皇国の王が存在する限りこの封印は永遠に続く。ま、記憶なんてモンは封じられてりゃその内風化するから、案外早く皆に忘れられるだろうけどな」
 ただし、と。
「そこの王女さんに関しては、同じく記憶操作の中で王位を剥奪させてもらう。それで、チャラだ。後は辺境の領主にでも使用人にでも隠し子にでもしてくれ。但し王女さんの記憶はそのまんまだ。それが、およそ相応の罰だな。多分こんだけやれば国に被害もでねーだろ」
「そうか…………仕方あるまい」
 皇国の王は静かに頷く。
 だが話が聞こえたのだろうジュエルの方はひ、と悲鳴のようなうめきを上げて叫んだ。
「そんなっ。お父様、嫌です! 私はっ私は王女なのに」
「王女だからこそだ。ジュエル、そなたが行なおうとした事は法に従えば更なる厳罰も辞さない重大な罪なのだ。それを、このような形で収めてもらう、それは慈悲だ。そなたは感謝こそすれ、反論する余地等無い」
 皇国の王が諭すように言う、その相手は未だ納得していない顔で泣いている。
 彼女が責を真に理解するのはまだ先の話だろう。もしかしたらこの先もずっとそんな日は来ないのかもしれない。ジュエルに向けられた王の、そしてサフの愛情が無ければこの決着はあり得なかったという事を、彼女が理解する事は無いのかもしれない。
 だが、そんな事はアミルに関係無い。
「ま、んな訳なんで術式開始すっから。という訳でケルベロスさんや、今言った魔術を行使するのに今の俺の魔力が半分だとして足りるかい?」
<足りぬな>
「…………クリア上乗せ」
「って、クラウン!? 俺2回も全力使い切っちゃってんですけど!」
<ギリギリだ。完全にかかるかは五分だろう>
 突然の指名に悲鳴をあげるクリアを無視してケルベロスは簡潔な結果を言うだけだ。
「じゃ杖。あとアンタとアレ」
 暗に目線だけでサフを示したアミルに。
<それでどうにか、だろう>
「なら良し。じゃあクリアさん、ちょっと魔力頂くな。ケルベロスも協力宜しく」
「…………持ってけ持ってけ。術式は俺良く知らないから助けらんないけど」
 最早自棄の如く言うクリアだが、実際魔族に操られ相当の魔力消費させられている筈で、本当ならばこれ以上消耗したくは無い所だろうとアミルだって簡単に想像はつく。しかしそれを言えば、相殺してきた彼も同じな訳で、その辺りはあえて言及しないままで了承を得た。
 そして、意識を集中する。
 今現在も実行され続けているのは時の精霊の力を借りた術、他多数。
 そこに更に封印系暗示魔術となると、最早魔術書は十冊書けそうなレベルの濃さの内容になってしまうし、流石にそこまで大掛かりな魔術をアミル自身も使った事が無いが、まぁそれは仕方ない。
「ほんじゃ、この場に置いて、行なわれた【魔族に関する全て】を、皇国の王を礎にして皆の記憶から封印する」
 しゃん、と大きく振った破幻の杖が涼やかな音を響かせる。
 空間ごと時間を止められたその場所で、高らかに。
「叡智の王たる魔族と、金の色持つ魔術士の力を借りて、与えられし称号が生命の賢者、クラウンの名を冠する者、精霊達の育て子たるこの俺が、術式の中央だ」
 精霊は魔術を好まない。
 魔術は精霊を、人が隷属するものだからだ。
 自由である彼等に取ってその理は赦されざるもの。
 竜を倒す時には純粋に精霊達の力を借りた。実は、人間の使う魔術は精霊に無理を強いている為に、実際の彼等の能力の半分も出ていない。逆に言えば、彼等の全力と虚ろのソレを借りれば、どうにか色の魔術士一人でも竜を倒せない事は無い程の術が使える。今この時点でこの会場全ての空間が止まっているのも、アミル自身の力というより。時の精霊の力がそれだけ強大であるが故、だ。
 しかし、精霊の力を借りるには魔術とは全く異なる契約が存在する故に、そうそう魔術士が精霊の力を得られている事は無い。
 故に本来こういう魔術と並列に行使されてくれる存在ではない。可能なのは偏にアミル自身が精霊達にとって我が子と等しい存在であり、育てられたその過程で精霊達との契約が成立しており、それ故に幼子の我侭を赦すのと同列にこの行為を彼等が扱ってくれる故だ。
 それでも、時の精霊の不快さは、伝わって来る。
(悪ぃな。もう少しだけ、助けてくれ)
 そう囁いて、魔術を、広げた。
 呆れたような精霊の声が聞こえる。
 それでも力を貸し続けてくれる程に、彼等はアミルに甘い。否、正しくは、愛されている。
「新たなる強制の理を、此所に封じる」
 この一時にあった全てを、皆の記憶の彼方へ、奥深くへ、皇国の王という存在が存在する限り閉じ込める。
 残酷な、魔術。
「…………うっく!?」
<これは>
 一気に力が引き抜かれる感覚に、クリアがふらつきケルベロスですら驚愕する。アミル自身立っているのがやっとだ。正直竜と対峙した時並に厳しい。が、終わらせなければならない。
 心優しい元王女の為に。
「皇国の王がある限り、記憶よ彼方に閉じ込められよ!」
 魔術が完成した瞬間、世界が揺らいだ。
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