魔術士達の密談 3

文字数 2,687文字

 クリアと別れたその後、アミルは一人与えられた部屋へと歩いていた。
 狭い宿舎の一部屋がサフと共に与えられ、そこでは今現在彼女が転寝をしているらしいのを破幻杖からの情報を通してアミルは把握している。それと同時に設定していた通りの結界が張られたのも、クリアと話している中で気付いていた。
 この場所、皇国は彼女にとって危険が多過ぎる。
 そうでなくとも魔術士に囲まれている時点で虚ろである彼女の危険は計り知れない。故にアミルは気遣いすぎる程に気を遣っていた。万が一は、起こってからでは遅いのだ。
 雇われ魔術士に配られる必要書類を受け取って、サフの元へと戻る途中。
 廊下を歩いていた所に声をかけて来る者がいた。
「クラウン殿、ですか?」
「はい?」
 呼ばれた偽名にすかさず振り返った彼の視線の先には、お供を従えたどうやら王族らしき青年がいた。声をかけてきたのはそのお供の方らしい。
 一人失踪中の彼女が第三位の王位継承権保有者で、その上には兄と姉が一人ずつと言っていたから、そこにいるのは恐らく兄の方なのだろう。言われてみれば面影が無い事も無いと思いながら彼はまじまじと相手を観察する。
「いやぁ、これは本当に妹と同じ色をしているね。あの子を思い出すよ。君も知っているだろ? 僕の妹の失踪王女の話は」
 そう言ったのは真ん中の、恐らくはサファイアの兄。
「サイラス様、あまり気安くお言葉を与えてはなりません」
「いいじゃないか。別にまだ王って訳でも無いんだし」
 臣下がたしなめるのをのほほんと言い返す様子は、今一つ威厳に欠けていて頼りない。そういう部分で言えば彼女も似たようなもんだったと思いながらアミルはその相手、サイラスをじっと見て言う。
「で、何か用ですか?」
「言葉を弁えよ! こちらにあられるは」
「第一王位継承者のサイラス様でしょ? で、何ですか?」
 一応、相手は魔族召還の儀を行なっているかもしれない、疑わしい存在の一人でもある。サフ曰くサイラスは第一王位継承権を持ち、放っておけば自動的に王位に付ける地位にあるので、そこまで追い詰められているとも思えないとのことだったが、それでも警戒するに越した事は無い。
 横柄とも言えるかもしれない謙らないアミルの態度だったが、憤る臣下とは異なり本人は平然としたものだった。
「ふむ。クリアといい、君といい、力のある魔術士というのは皆そんな感じだね?」
「いや俺なんてクリアさんの足下にも及ばないっすけどね」
 まるで観察するように見て来る王子に、両手を広げてアミルは肩を竦める。一応色の魔術士である事は隠しているのだから同列に見られても拙い。
 そんなアミルを前にサイラスは微妙な笑みを浮かべる。
 薄い、どこか皮肉気な、或は浅薄な笑み。
「君は仕える主というのはいないんだよね? 短期で雇われてるくらいだから」
 成る程。
 それだけで相手の言いたい事が予測出来たアミルは内心で溜息をついた。サフの言っていた通り王族というものは無い物ねだりがお好みらしい。或は彼女自身が考える通り、クリアという色の魔術士が王女個人に仕えてしまったからこその弊害だろうか。
 少なくともこの場所、皇国の王族にとっては、力のある魔術士は欲しい、そして同時に手に入る可能性があると思える存在なのだろう。
 目の前にいるのに手に入らないからこそ余計、だろうか? クリア以外の『色付き』の所在がはっきりしないのも理由の一つだろう。
「どうだい、僕の下に来ないか? 最大限の配慮をはかると約束しよう。それに僕は将来この国の王になる。仕えて損は無い筈だ」
 いきなりそんな事を言われて諾と言うのは、権力の欲しい微妙な立ち位置の魔術士くらいだろう。
 コイツは、力ある魔術士の本質を解っていない。
 本当に力ある魔術士であれば権威など、勝手についてくるおまけでしかない。求める必要すらないものだ。『色付き』であれば尚更だ。クリアがサフに仕えているのもそんな理由からではないのは明白なのに、この誘い文句は何と白々しく下らない内容なのだろう。それともアミルがこの程度で傾くと軽んじられているのか。
 馬鹿馬鹿しい。
 さて何と答えようか、と考えたアミルの脳裏に過るのは、部屋で眠っている少女の姿で。
「残念ですけど、俺はもう主人がいるんですよねぇ」
 只一人、と定めるのならば、彼女以外にありえない。
 そう答えるとサイラスは途端に不機嫌さを露にした。仮にも後に王となる存在がそこまで浅い人間で良いのかとアミルが心配になるような変わりぶりだ。
「は!? 一体誰だ! 僕はその主人の倍の金を払おうではないか」
 しかも発言も二流。
 同じ親(母親は異なるらしいが)から生まれたとは思えないその発言に、思わずアミルは鼻で笑っていた。
 成る程これではクリアやイガルドのような、一見しただけで明らかに聡明なのが解る彼等が他の王族に靡く可能性はゼロに近いだろう。サフが二人を信じられたのには恐らくこういう兄弟の性格もよく理解していたからに違いない。
 それ以上話す気も失せたものの、忠告としてアミルは口を開く。
「一つ、教えておいてあげますけどね。アンタの欲しがるような強い魔術士程、金なんかじゃ動かないっすよ? だって金なんて自力で幾らでもどうにでもなりますんで。現に、クリアさんもアンタに靡いてないんじゃないですか?」
「っく…………じゃあ、君らは何なら動くんだ!」
 図星に違いない。一瞬息をのんで、その後噛み付いてきた年上の青年をさらりと躱してアミルはその横を通り過ぎながら、告げる。叩けばすぐに音がなるような、鐘のような素直な態度は悪く無い。これは隠し事が出来ないタイプだろうなぁと思いながら、隠し事の多い少年は笑う。
「金じゃ買えない人間性ですかね」
 例えば、酷く優しい心根を持った、不器用で世間知らずの癖に可愛らしい、疑う事を知らない癖に真っ直ぐ世界を見るような、困った王女様とか。
 他を探しても絶対にいないだろう唯一の存在こそ、金で買えない価値。
 護りたいと思わせる危うさを内包する、世界で唯一つの存在。
 精霊に育てられたからというのもあるのだろう。穢れの無いその魂に強く惹かれた。同時、より深い深淵に潜る魔術士程、彼女の魂に惹かれる所は否めない。それは深淵を照らす己自身の魔力のような、世界に戻って来る為の光にもなるから。
 次元の狭間の主すら惹き付けたその魂こそ、彼等力ある魔術士を動かす理由である。
 真似等出来る訳が無い。唯一なのだから。
 これ以上話す事も無くアミルは足早にその場を立ち去った。
 早く、少女に会いたくなったから。
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