只人となりし王女 3

文字数 3,770文字

 魔族の姿が消えてようやく、会場が騒がしくなる。
 起こった事全てを理解しているものは殆どいないだろう。けれどヒトよりも大きな姿をした三つ頭の獣は確かに現れたし、会場の天蓋は相殺された魔術の痕を色濃く残している。黒の騎士に支えられた金の魔術士に、泣き崩れている王女、そして既に王女でなくなった少女。賢者と呼ばれた少年。
 舞台の上には、さっきまでの出来事の現実を証明するものが十分に残ってしまっている。
 それ故に尚更それは騒がしさを招く。
 このままでは恐慌状態になるのも時間の問題だろう。
 サファイアは、久方ぶりに再会した壇上の父を見上げて、言う。
「父様。この状態を」
「あぁ」
 一国を統率するその人は、彼女と同じ目の色をした茶の髪の壮年のひとだ。国の王としての器について彼女の母は幼い彼女に対しても自慢する程には、その彼は王として十分な能力資質を兼ね備えている。
 呼ばれた皇国の王は、壇上ですっと手を挙げると、高らかな声を挙げた。
「鎮まれ、皆よ。我らが愛しき国民と、そして友好の方々。お見苦しい様を見せてしまった事は此所に謝罪を致そう。最早何の害もなくなった事を保証する」
 魔法がかかっている壇上のその声は、会場の隅々にまで朗々と響き渡った。
 そうしてす、っと王の、その青の目がアミルの方を見たのは、恐らくこの事態における最大の理解者だと誰もが感じているのだろう存在に対しての、その確認の意も込められていたのだろう。
 魔族に賢者と呼ばれ、唯一対等に会話を認められた存在として。
 視線が合った少年はその意味する所を素早く悟って肩を竦めると、サフの隣にまで歩き出て来る。
「わりぃ、ちょっと杖貸して?」
 言われて破幻杖を差し出した彼女の持っている杖を受け取り、それを一振りさせると軽装だったアミルの姿が宮廷魔術士かと思うような見事なローブを羽織ったそれに変化する。
 隣に立った彼は、そうして何時に無い魔術士らしい姿で、声を上げた。
「魔族に認められし生命の賢者として、皇国の王の言葉を保証する」
 アミルの綺麗な声は、壇上のような魔術がかけられてない舞台の上、各王族のように個別に魔術もかけられていない身でありながら、会場中に響いた。
 頷き、王が言葉を続ける。
「さて、皆様。既にご存知かとは思いますが、昨日をもって此処にいる我が娘サファイアは王族という立場を失い、それに従いサファイア付きとなっていた魔術士クリア、並びに騎士イガルドも本日をもってその任を解かれる事となります」
 その言葉に、クリアとイガルドが軽く敬礼をするのを、会場のざわめきが迎える。
「彼等は本日を持って皇国とは無縁となりました。けれど、皆様。私が一国王としてではなく、一父親として、我が娘が尋ねてきた際に面会する事は、許してもらえないだろうか?」
「父様」
 そう来るとは思わず、息を呑む彼女に、会場内からは沸き上がる拍手。
「策士だなー」
 隣の少年からは呆れたような言葉。その意味する所を彼女も理解していたけれど、しかし本当にそれだけで父の言葉が投げられたとも思いたくは無かった。確かに完全に縁を切れば外交上非常に不利な状態になるし、こうして公の場で多少なりと縁が続く事を宣言する事にはそれだけの意味があるだろう。解っていたけれど、その理由だけで紡がれたとは思いたく無い。
 甘い、とアミルには笑われるかもしれなかったが。
 王の言葉は続く。
「各国諸各位の皆様。こういう訳ですので、サファイアに対する縁談に関しては我が方では受けかける事を、此所で正式に宣言しておく」
 少年がその言葉に吹き出した。
「またクリア・イガルド両名に関しても同じである」
「何だかなぁ、もぅ」
 再び小さな声が隣からする。アミルからすれば、確かに理解し難い部分も多いかもしれなかったが、彼女にとっては予想の範囲内だった。例え本人がいなくとも、各国からの縁談はひっきりなしだっただろう。その目的は彼女に仕える二人の方だったのだろうが。
 一息、王は間を置くと、今度は未だ泣き崩れたままのジュエルの方を見た。
 立ち直る様子は無い。
 彼女付きの部下も、己の立場を畏れてだろうか、誰も近寄ろうとはしていなかった。
「今回の件に関しては、我が娘ジュエルが皆様に申し訳ない事をしてしまった。父として、また上に立つ王として此所に詫びさせて頂く。この処分に関しては我が方に一任させて頂いても良いだろうか」
 会場からは、非難の声も上がる。
 一歩間違えれば自分達に害が及んだかもしれないのだから、その非難も仕方ないだろうとサファイアは思う。例え王族であったとしても、多くの人の命を害そうとした事実は事実として、それを償う必要はある。
 だが、甘い事を言えば、彼女とて義妹の処分には出来る限りの配慮を願っていた。
 行なってしまった事は赦される事ではないとはいえ、彼女はまだ幼いのだ。それに、止められなかった周囲にも責任があるのだろうし、出来れば更正の機会を与えて欲しい。
 そんな彼女に、隣から小さく問いかけて来る少年。
「なぁサフ」
「うん」
「もしかしてサフもこの件、出来るだけ配慮して欲しいんかね?」
「…………そうだね。出来れば、あの子に立ち直る機会を与えて欲しいとは、思うよ」
 その答えに、アミルは長い溜め息をついた後、苦笑いした。しゃらん、と音を鳴らして彼の手の中にある杖が揺れる。
「りょーかい」
 その言葉に彼女が少年を見るのと、彼が口を開くのがほぼ同時。
「一つ宜しいか、皇国の王」
 それは再び会場中に響く声となる。
「本件に関して、生命の賢者として、最悪を防いだ一術者として、代弁者として申し上げねばならぬ事がある」
「聞こう」
 アミルの赤みがかった紫の目がジュエルを見下ろす。そこに感情は無く、酷く冷たい。それだけだと、ずっと年上のようにも見えた。
「皇国において守らねばならぬ律があるように、術士においても守られねばならぬ律がある。本件における魔族の召還までであれば処分を国の理に従って下す事も問題なかったが、それで金の術士を一時でも操ってしまった事で、この事態は国の律を超えてしまった」
 そこまで話して、ちらり、アミルはクリアの方を見る。現代における金の色付きの魔術士。恐らく世界で最も知られている『色付き』の青年。クリアはその視線に一瞬きょとん、とした顔をした後で、はっと何かに気づいた表情になる。
 それを確認して、アミルが再び話す。
「世界を守る魔術士の王に選ばれたもののみが代行者となり、その証明となる『色』を拝領する。何人たりとも、この代行者を故意に、私欲にて害する事は赦されない。万一その意思に反した場合には、相応たる報いが魔術士の王より下される」
 朗々と語るアミルの言葉に対し、クリアの呟きが聞こえた。それは拡声されてないので壇上にしか響かないだろう。
「…………そういやそうだっけか」
「待てオイ。それオオゴトじゃねーか」
 そして呆れた目でイガルドが答えるのも。
 そのやり取りは聞こえているのだろうが、アミルはそのまま話を続ける。
「このままでは、国の律で如何に王女へ、首謀者へ罰を下そうとも、魔術士の王よりの罰は免れない。同時に魔族によって色付きが私欲を元に操られる事は今後あってはならない。その二点を解決する術を、この生命の賢者は持ち合わせている」
「…………なぬ?」
「え、マジでか。それ初耳」
 驚きに目を見開く王と、同じく驚くクリア。しかし会場に響くのは前者の声のみだ。
「今すぐ決断して欲しい。今この時を除いてそれを施す術は失われる。皇国の王よ。この国全体が魔術士の王よりの厳罰を受けるか、それとも今ここで俺の言葉を受け入れ委ねるか」
 参考として、とアミルは続ける。
「過去に同様の事を成した国が幾つか存在しているが、それらは一年以内に存在ごと抹消されている。今回は更に魔族召還という問題もある故、どれ程の罰になるか想定は難しいが」
「…………っっ!!」
「えええええっ!?」
 クリアの叫びは、会場内の混乱をも表現していた。ざわめきは一瞬にして広がる。
 父が考えたのは一瞬の事。
「了解した。生命の賢者、其方に委ねる。どうか、私はどうなっても良い。この国を、この国の民を、今のままで残して欲しい」
 そう、王としてこの人は有能だったから。
 保身よりも、国を選んだ。
 それを受けてアミルがにや、と笑う。それは何時も良く見るような、何処か楽しそうなそれだ。さっきまで話していた内容がまるで全て悪戯だったかのような、それ。
 少年は手にした杖を高く掲げ、叫ぶように言う。
「了解した! これより生命の賢者が、皇国の王の承認を得て魔術を実行する!! この魔術は『皇国の王が存在する限り』続き、『皇国の王が知られている限り』決して破られる事は無い! って訳で生命の賢者との契約に従い現れ出よ、魔族における叡智の王、魔界の砦ケルベロス!!」
「アミルっ!?」
「って待てぇぇぇっ!!」
 さすがのサフも目を見開き少年を凝視するのと、金の色付きの青年が叫ぶのがほぼ同時。
 アミルの言葉に従うかのように、さっきまで会場に恐怖を与えていた三つ頭の獣がゆらり、蜃気楼のように揺れて現れる。
「空間凍結っ!」
 そして少年の言葉を最後に、最大にまで広がった会場の恐怖は、凍りついた。
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