只人となりし王女 2

文字数 3,802文字

 問題の召還主である第四王位継承者の王女の説得に失敗したらしいのを、クリアが使おうとしている魔術を読み解き素早く相殺の魔術を作り上げるという面倒な作業を実行しながらもアミルは横目で様子を伺って気づいていた。
 それに関しては正直な話、然程期待していなかったので落胆も少ない。
 王族というものをこの一ヶ月程見てきたから、サフのようなものが例外であって、基本彼等に一般の常識だのモラルだの期待出来ないという認識が彼の中で出来上がっている。
 特にジュエルの場合のように、魔族を召還してまでどうにかしようとしたような域にまで達すると、今更親や姉から説得された所で翻す事は無いだろう。既に力に取り憑かれているようなものだ。
 古来から空ろを求め争った魔術士達のように、
 ヒトは何処までも欲深く、同時に身勝手だ。
(そうだ、だからサフの死んだ母親ってのも、クリアを呼んだんだ)
 一人残された娘がもしも空ろだと知れれば、少なくともその命が狙われる事は無くなるだろう。しかし同時にその一生は国に束縛され自由等まず期待出来なくなる。恐らく親としてそれだけは避けたかったのだ。まさか色付きを呼んだ事で更なる問題が発生し彼女が国を失踪することになるとまでは読んでいなかっただろうけども。
 目の前で繰り広げられる愚かしい喜劇を、三つ頭の魔族は呆れたような顔と面白がる顔、そして興味のなさそうな顔で、見ている。そのどれもが本質に違いない。
 愚かな幼い王女は、何度も姉に頬を叩かれ完全に恐慌状態下だ。
 ただし、今に限ってはそれが良い方向に働いている。
 恐慌状態にある事で魔族に命令が下せていないからだ。時間契約である以上、どれ程の設定かは解らないが、その時間内だけ凌いでしまえば魔族は契約を終了し帰還する。もう少し頭が良ければ早々に次の策を考え魔族に命じるのだろうが、ジュエルはそんな余裕も無くなっているのだ。
 正直な話、クリアをこの状態にしたままで他の策を打たれると、さすがのアミルも対処出来ないだろう。
 全力で魔術を使おうとする相手のそれを、出来る限り周囲に損害無く相殺するというのはそれだけ困難だ。相手の使う術よりも遥かに高度なものを瞬時に組み上げ、相手より早く実行しなければならないのだから。
「なあ魔族の叡智殿」
 その間に、小さく囁きかける。魔力を乗せた対話の契約は、例え周囲に届かなくとも契約を成立させる。
<何だ、生命の賢者>
 それに合わせてか、魔族の声もアミルにだけ届いたようだ。
「お前さん、後どれっくらい此処にいる訳?」
<…………っふ。さすがにもう余力が少ないか?>
「まっさかぁ。俺は生命の賢者っすよ~。まだ奥の手は残してますって」
 正直使いたく無い奥の手だけども。
<もう少し話をしてみたかったが、その時間ももうなさそうだ。そうだ、契約を結ばぬか?>
 残り時間の少なさを伝えられほっとした直後、落とされた爆弾にひくり、アミルの全身が引き攣る。一瞬魔術の集中を欠く所だった。
「何ソレ魔族の囁き? ってか魔族から契約提示されるってかなりヤバい気がするんですけど~」
 そう、歴史上それらは大抵ろくでもない結果になっている。
 魔術士の一部が力を追い求める余りに魔族からの誘惑に乗って、大事なモノを奪われるのは御伽話になる程に有名な話だ。勿論それは後世への戒めも込めて大袈裟にはなってるのだろうが。魔族の契約は本質は対等で平等なのだから。一方的に不利である事等あり得ないのだ。
 問題は、彼等と人間の価値観の差異が大き過ぎると言う事だけで。
<我は叡智のもの。古より賢者と契約を結ぶ事は多かったぞ?>
「そんな記載見た事ねーけど」
<書き残せまい。我と賢者の契約は大凡の場合、それ以外の者にとって非常に『猾く』見えるのだそうだ。これは前の賢者である契約者の発言を使用した表現だが>
「…………猾い?」
 何だ、その契約は。
 思いながらアミルは再び実行されかけた魔術を、今度は余波も残さぬ程に相殺した。一回目の魔術でクリアの癖と流派が読めたから、二度目の先読みには然程困難は生じない。それに、今クリアが使用しているのは本当に此所全体を暴力的に壊すだけの、逆に言えば単純な魔術ばかりだ。故に先読みさえ出来れば後はかなり楽に相殺出来る。
 それがジュエルの単純な命令の為なのか、それとも操られる中でも尚金の魔術士がもがいている故の反抗から来る恩恵なのかは解らないが。
 少なくとも本来のクリアであればもっと繊細で難しい破壊も出来た筈だ。そうならなかっただけ良しとする。
<あぁ。賢者たちは、賢者だからな。その猾い内容が他者に知れれば拙いと、誰もがそう判断した>
「一応、きくけど。契約条件、てーかこっちが用意する贄は?」
<我と話す時間を用意する事。それだけだ>
「っは!?」
 思わず目をむく少年に、漆黒の三つ頭の獣はくつくつ笑いながら言う。
<我と賢者との契約は、殆どが『ヒトより持ちかけるもの』ではなく『我から持ちかける』ものだ。我が希望するのは、その者と対話する時間。相手はそれに己の短い生涯の中の時間を、幾許か提供する。それだけで対等な契約なのだ。芥の者と賢者では、同じ時間でも我らから見て時間の価値が異なるからな。同時に我は時間の概念が無い故に、悠久を過ごす我に取っての時間の価値は低い。故に相手が望む時我がそれに答える、それだけの代価を用意しなければならないのだ>
「それは、もし俺が契約すると、何時でも俺の質問に答えてくれるようになると」
<解る範囲で。但し、その際に我との会話もそれなりにしてもらうが>
「……どんな会話だよ」
<これまでの契約者の言葉を借りると『魔族とは思えない程馬鹿馬鹿しい雑談が多い』らしいな>
「お前さんそれでも叡智の魔族か」
<良く言われたな、そんな事を。だが我にとってはヒトの賢者と対話するそれそのものに価値があるのだ>
 つまり、この魔族と契約すると、何時でも色々訊ける便利な相手が出来る、ということ。
 しかも代価は話しかけて、その後会話(雑談?)をするだけという。
 相手は叡智の二つ名を持つ魔族だ。それこそヒトの中で既に廃れた知識すら有しているに違いない。代価となる雑談が気にならないと言えば嘘になるが、魔族がこう言うからには過去の賢者からして本当に馬鹿馬鹿しいような雑談だったのだろう。
 魔族は嘘は言わないから、そう言われた事があるとケルベロスが言うからにはソレは真実なのだ。
 まぁ、魔族とヒトとは価値観が根底から異なるから、そういう事もありなのかもしれない。
「俺は、お前と契約を結べる程に価値があるのか?」
<私がそう判断した。故にそれは是だ。精霊に育てられし異端の魔術士。竜を滅ぼし、青の至宝を護るもの。色付き。十分面白かろう>
「ふぅん。まぁ、いいよ。話し相手になってやる。…………話す時は毎回コレか?」
 コレ、とは魔力を練り込んだ言霊だ。
 二度もクリアの全力の魔術を相殺した。その上、ずっと魔力を乗せた言霊を使用し続けている。他にも結界なんか使ったままの状態で居続けているのだ。今度はサフの力も使わず、更に破幻杖の力も借りていない。単独での魔力行使は本当に限界が近い。
 思っていた以上に言葉に魔力を乗せるのは力を使うのだ。
 出来れば毎回これは止めて欲しいと思いながら問いかけた少年に、魔族の主の一人は笑う。
<いや、契約が成立した後は普通で構わぬ>
「おっけー。じゃあ、お前さんの暇つぶしになってやるよ、叡智の王>
<契約、成立だ>
 そして、とケルベロスが続ける。
<この愚かしい従属の契約は、只今を持って終わる>
「ま、待って! まだ!」
 魔族の言葉が聞こえたのだろう、王女が悲鳴のような叫びを上げても、魔族は冷たい視線を注ぐだけだ。
<契約は変わらぬ。我は今をもって契約主ジュエルとの繋がりが消滅した事を宣言する>
 その言葉を裏付けるように金の髪の魔術士クリアががくっと膝を折り、それに拘束が解かれた黒の騎士が駆け寄る。完全に束縛から解かれた二人は己の意思を持った目をして、舞台を見ている。
 己の思惑が上手くいかなかったジュエルが叫ぶような泣き声を上げて崩れ落ちた。
 それを見るサフの目に同情は無い。
 全てが終わったように見えた、が。
 黒の獣の魔族はまだ、消えない。
 その異常に一早く気づいて問いかけてきたのは、やはりというか金の魔術士だった。魔族に関しての知識は恐らく今回の件が解ってからつけたのだろうが、イガルドに助けられて起き上がった彼は、とりあえず魔族に目を向けながらもアミルの方に歩み寄ると。小声で問いかける。
「ちょ、クラウンさんや。その御方なんでまだいるの」
「…………いやー……なんつーか、成り行きで契約しちゃったってーか」
「はっ!? や。どんな成り行き! イヤ後で訊くとして、と、とりあえずこの場に出てもらってると周りが怖がるんで、姿だけでも消えてもらってくれない?」
「おう。というわけだ、悪いけど」
<良かろう。ただし、見させてもらう位は構うまい?>
 物見遊山か、と思わずツッコミ入れたくなるような発言を残して三つ頭の獣はその姿を消す。本気でこの魔族は興味や好奇心というものに忠実であるらしい。
 何やら非常に面倒なものを抱え込んだ気がしながらも、アミルはようやく部外者になった立場から、壇上の端にその身を動かすのだった。
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