そして全てが終わる 3

文字数 2,547文字

 次元の狭間の主の言葉と共に、次元の狭間から姿を消した…………アミルとケルベロス以外の全員が。
 最後の最後に意味深な言葉を残された訳だから其処で元の場所に返されても気分的に微妙な訳だったが、こうも訳ありに一人(正確には一人と一体)だけ残されるのも複雑な気分になるなと思いながら彼は次元の狭間の主を見る。
 この場所に居る限り時間は流れない設定だろうから、此所で多少アミル一人足止めを喰らっても、あの場所の空間凍結が解除される訳ではない。問題はアミル自身の魔力だが、引き止めるからにはソレくらい当然計算されているだろう。
 一体何の話をする気なのかと思いながら見上げるアミルに、そのヒトはじっと視線を向けて来る。何時もの如く、新緑色をした考えの読めない目だ。
 そういえば、と視界の片隅にある花畑にちらり、視線を投げる。12の頃来た時や先日夢で訪れた時には気づかなかったがこの世界には不釣り合いな鮮やかな色彩は、気づいてしまえば違和感に目が離せなくなる程には酷く浮いている。まさかこの場所の主である目の前の男に花を愛でる習慣がある訳でもあるまい。
 少し想像して寒気がしたので、その部分は深く考えない事にした。
 そして相手に気怠く問いかける。
「何の用だよーおっさん」
「暫く見ぬ間に少し成長したか? アミル」
 からかうように言う次元の狭間の主は、実際からかっているのだろう。
「そりゃもう成長は止めてねーから身長も伸び放題だっての」
 溜息と共にアミルは言い返す。実際、魔女学校を出てから止めていた成長を再開させているが、日々と待っていた分を取り戻すように伸びて行く背丈に身体が痛い日も増えた。それでも、同じように成長を再開させているサフよりも伸びて欲しいので我慢していたりする。今の所は彼女よりも伸びそうで安堵しているが、まだ油断は許さない。
 一体何が言いたいのかと見返す少年を前に、空間の支配者は悠然と微笑む。
 余談だが、そのヒトはアミルよりも頭一つ高い。一般からしても背丈が相当高い部類に入る。さすがに其処までの丈とは言わないまでも、準ずる程度のものは欲しいと秘かにアミルは思っていたりする。
「サファイアもこれからが本番だろうな」
「…………おい待ておっさん妙な目で見てんじゃねーだろうな」
 そうしてそのヒトが繋げた言葉に思わずアミルは胡乱気な目を向けてしまった。
 確かに、サフは元々が少年を装うには相当無理があるような美少女に違いなかったが、そこに歳相応の成長が加わり始めると更に周囲の目を惹くようになってきている。本人に一切自覚がないのだが、今では元王女という肩書きなど無くとも素の彼女に色んな人間が寄って来る程に。
 従ってこれからが本番、というそのヒトの意見は理解出来るのだが、彼の人に言われると思わず懸念してしまうアミルだ。
「私にとっては可愛い娘のようなものだ」
「うげ」
 しかし娘と言われるとそれはそれで微妙な気分にもなった。
「その娘を預けている其方に確認しておきたい事があって留まってもらった」
 そう言って次元の狭間の主は、白銀の毛並みを揺らすケルベロスを見る。アミルと共に引き止められた魔族は、何を言うでも無く静かに見返している。
「魔族の叡智と契約をしたな?」
「んまぁ、成り行きだけど」
「魔族契約の危険性は理解しているな?」
「魔術書の内容程度ならな」
 逆に言えばそれ以上の情報は無いままに契約をかわしてしまったという事になるが、これは最早仕方ないことだったと開き直っているアミルだ。今日あの場所あの状況で、ケルベロスの力を借りられなければ、この結果は出せなかった。
 結局、アミル自身が今後魔族と繋がる事になってしまったが、最悪の事態だったかもしれないことを思えば、上々の結果だろう。
「ならば、心せよ。其方は決してその契約を人の世に知られてはならない。歴代の賢者がそうであったように、其方もその契約は決して世界に記録させないようにせよ」
「それは命令か?」
「そうだ」
「了解」
 元より、対話だけで成り立つような魔族契約に関して、アミルは周りに教える気も記録に残す気もない。そんな都合の良い『前例』が残ってしまったら、今後何が起こるか解らないからだ。とはいえ叡智とまで呼ばれる魔族がそうそう簡単に誰とでもこんな契約を結ぶとも思わないが、それでも記録に残さない事は重要だと言えた。
 素直に頷いた彼に、次元の狭間の主は頷く。
 世界の調整役でもある魔術士の王たるその人は、それで用が済んだとばかりに背中を向けた。
「其方は、世には語れぬ多くを背負う運命にある」
 言われ、アミルは苦笑いした。
 虚ろである元王女のサファイアに、天使からの貰い物である破幻杖、魔族全体との契約に、ケルベロスとの契約、ついた二つ名。人間一人が抱えるには結構な内容の秘密ばかりが並んでいる。望んだものもあれば強制のようなものもあるが、全てアミル自身の選択の結果だ。
 今更嘆く気もない。
「別に、語る気もねーから構わないさ」
 軽く言ってのければ、背中を向けたままのその人は、静かに言った。
「其方が、そのまま静かに暮らしていく事を、私は願っている」
「え?」
 言われた内容を疑問に感じた瞬間には、もうアミルは次元の狭間にいなかった。
 時間の止まった皇国の祭典の中央に戻ってきていて、ケルベロスはその姿を消していた。後はアミルが実行するのを待つだけの、巨大な魔術の空間で、ほんの少しだけ許された時間少年は言われた言葉を反芻してみる。
 静かな暮らし。
 そもそもアミルは精霊達の守る森の中でひっそり静かに暮らしていた。それを、『色』を与えて引っ張りだしてきた奴の台詞だと思うと何の冗談だ、とは思う。
 だが、そういう暮らしは嫌いではない。
「これが終わったら、家に帰るかね?」
 サフの目的は今回達成されるだろうし、アミルにそういう暮らしが求められているのならば、精霊達が集うあの静かな森の中に戻るのが最善なのだろう。たまに魔術書を読みに出かける事くらいは許される筈だ。
 というか、許されないと暇が過ぎて色々やってしまいそうだ。
 くすりと笑ってアミルは片手を上げる。
「そんじゃ。全ての中央の俺が実行を宣言」
 す、と腕が下ろされると同時に魔術は実行された。
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