降りたる魔族 2

文字数 2,881文字

 祭典が行われている場所からは離れた地下の講堂。
 今日までの間儀式が行われていたそこには、今こそその結果である魔族召還が達成されようとしていた。魔術の実行人である魔術士が最期の言葉を言い終えるのに合わせ、集められた濃密な魔力と様々な宝を贄にして、ヒトならざる存在がその場所にゆっくりと現れる。
 気配だけとっても、じっとり重く全身にのしかかるような圧力を感じながら、それでも魔術士は成功した魔術を前に笑いが抑えられない。
 多くの魔術士が願っても適わぬ、色の称号を持つあの若い男の命運を左右出来る。
 それは胸がすくような快感だった。
 現れた魔族は白銀の毛並みを持つ三つ頭の巨大な犬のような獣。だが見た目が獣であっても魔族は高い知能を持つ存在だ。
<芥の魔術士。我に何用だ。契約により半刻のみお前の望みを一つだけ叶えよう>
 響いた声は低く、深い闇のようだった。赤の目は召還主である魔術士を、まるでゴミでも見るかのように見ている。魔族に取っては人間等取るに足らない存在なのだろう。けれど召還した今この時は、魔術士は目の前の魔族の主だ。
 どんなに相手が不服だろうとも、契約に従い一定時間はこの魔族は魔術士の配下になる。
「我こそは皇国第四王位継承者ジュエル様が筆頭魔術士ドゥードリアン。契約においてお前に命じる。今上に居る金の称号を持つ魔術士と漆黒の騎士、その二人を我が主の思うがままに操るが良い!」
 成功に魔術士は酔いしれながら命令を下す。
 状況に酔っている年嵩の魔術士の耳には、それを聞いた時の魔族の<下らぬ>という小さな呟きは聞こえなかったようだった。だが、魔族にそんな事は関係無い。ただ古くに決められた契約の定めに従って、下された望みを叶えるだけだ。
 魔族の知能や認識はヒトよりもさらに優れている。
 現れた白銀の魔族には、その望みを阻もうとしているもう一人の色の称号の存在も、そして恐らくそれが、この穴だらけの望みの隙間、そしてこの下らない契約をかいくぐり阻まれるだろう可能性も見えていたけれど、そんな事を態々教えてやる程に親切ではない。
 元よりそれは契約の範囲外だ。
 契約の方法によってはそういう情報を言わなければならない可能性もあったが、愚かな魔術士は契約の方法を誤っている。何処から間違っているかといえば、それはもう最初から間違っているとしか言いようが無い。だから、魔族は何も言わなくて良い。
<了解した>
 久々の地界。久々の契約。
 内容こそつまらぬものだったが、喚びだされた場所は最高に面白い。
 それに、対峙するのは更に面白そうである。
 少なくともこんな塵芥でしかない魔術士に呼ばれた腹立たしさが相殺される程度には、面白いものが見られそうだ。結果として召還者およびその主の望みが適わなかったとして、そんな事は魔族の知った事ではない。契約さえ実行されれば、その結果は関与する事ではないからだ。
 魔族は契約に従い、召還した魔術士の望みを叶えるべく力を使う。
 ヒトの魔力とは異なる濃密な力が、多くの人間が集っている祭典の会場へ干渉する。
 さぁ、どう出て来る?
 魔族はうっそりと笑った。

 ぞくり。
 背筋に悪寒が走った彼女は、反射的に隣にいる少年の顔を伺った。
 普段は余裕ばかりが見える横顔に緊張が見えて、どうやら予測されている事態が訪れた事をサフは理解する。竜とは異なる、けれど濃密な気配は、他の誰も気付かない事が不思議な程に異様なものだった。
「始まったの?」
「あぁ。破幻杖、しっかり持っとけ」
 今は金色に輝く髪をかきあげてアミルが指示するのに、彼女は頷いて手にしている大きな杖をぎゅっと握りしめる。何故そこまで彼がこの杖を持たせるのか解らないが、不思議な力を感じる杖を握っていると少しだけ圧迫感が楽になる気がする。
 二人の下では祭典が進んでいる。
 彼女の二人の兄姉の言葉が終わり、不在である彼女を飛ばしてその次、第四王位継承者である異母妹のジュエルの番が回ってきた所だった。
 まさか、彼女が。
 そう思いながら見つめる祭典の舞台の上、昔に比べ大きくなったジュエルが王に対して会釈をした後に言葉を。
「我が愛する父上にご報告がございますの。皇国にとって素晴らしい報告ですわ」
 聞こえた内容に、全ての黒幕が彼女であった事を確信してサフは息をのむ。
 昔は気の弱かったジュエル。今ではサフより身長も高くなり、年頃の少女として一人の王女としての風格を手にしている彼女が、こんな卑劣な方法で事を成そうとするようになるだなんて、思いたく無かった。いや、本当は兄弟の誰一人としてこんな行為をして欲しく無かった。
 けれど事は既に為されてしまっている。
 隣にいるアミルが、何かは解らないが、魔術を使おうとしているのが何よりの証拠。
「そこにいる色の称号を持つ魔術士と、黒の騎士、彼等が」
 あぁ、どうか、あの道を間違えてしまった妹を、止めて。
 ぎゅっと杖を握りしめて舞台を凝視する彼女の隣。
 少年がひょいっと飛び降りたのはその時だった。
「え!?」
 魔術に因るものだろう、その落下は緩やかで、壇上にすたんと降りた様子からはまるで階段でも降りたかのような軽やかさしか感じない。
 突然壇上に現れた金の髪の少年に、会場も壇上の王族も全員が息をのんだ。
 その僅かな静寂を縫うように、高らかな声が。
「我が名はクラウン。偽りであるが盟約に因る理由を持つ力ある名である。この場に干渉する魔族よ、対価の法則に従いこの場にその身を寄越し名乗れ」
 普段も少年の声はよく響く。だがこの時の声はそれよりも更に深く遠く、心の中にまで突き刺さるかのような響きを持って会場全てに響き渡った。
 じっと見下ろす彼女の目に、アミルの目前にゆらりと陽炎のように白銀の何かが現れてくるのが映る。
 三つ頭を持つ獣型の魔族。
 魔物や竜を知るサフですら息を呑む異形と存在感。
 突然の異質な存在の登場に、会場に悲鳴のようなどよめきが広がる。
<偽りの名で良いな?>
「お互い様だ。意味があれば偽りで構わない」
 そうして聞こえた魔族の声は、地の底から響くような低く重い冷たい声だった。しかし対峙する少年の方は普段と変わらない態度で、けれど普段とは少し異なるよく響く声で応える。
 魔族は、赤い目をアミルに向けて、言う。
<我の名はケルベロス。魔族の叡智にして情報の門番>
「…………おいおい。何で高等魔族がさっくり召還されちゃってんですか。俺は青の宝石の名を持つ姫との関わりによるけどよ、アンタは何だ?」
 それは他でもない自分の事なのだろう。ごくりと息を呑む彼女。
<契約だ。召還においては贄と対等の魔族が喚ばれる。今回の贄と対等であるのは我だっただけだ。だが、さすが生命の賢者、我が偽名を知っていたか>
 真下のアミルが少し吹き出したように見えた。
「ちょ、何その二つ名…………いやいい、言うな。何となく解るから」
 途方に暮れたような声が聞こえた。今一体彼がどんな顔をしているのか、見えないのが少し惜しいと、状況を忘れて彼女が思ってしまうような、戸惑う声だった。
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