魔術士達の密談 1

文字数 3,172文字

 皇国の王城の地下深くには大きな空間が広がっている。
 そこは遥か昔に地下格闘技場として皇国の王族貴族達の社交場ともなっていた闇の歴史が存在しているが、今尚表に出せぬような目的で使われている事が少なくない。
 そして今現在そこは、一つの巨大な魔術が実行される場所として使われていた。濃密に満ちた魔力は、この一年近くかけて満たされてきたこの城の魔術士達の魔力の欠片でもある。勿論、そこに金の魔術士がいる事によって更に充填スピードが上がっているのは間違いない。
 更に、先日行なわれた短期の雇い魔術士の中に二人程、恐ろしく魔力量を持つらしい存在がいた為にその速度は更に上がっている。
 この分であれば目的は十分問題なく達成されるだろうと思われた。
 否、既に多くの代償が支払われているからには、達成されなければならない。
 ほんの一時間でいいのだ。
 あの、色の称号を持つ魔術士の自由を奪い、多くのヒトの前でその将来を誓わせれば良い。
 その僅かな時間の為に、悪魔を召還する。古いこの魔術を提案したのは、その場所で魔術を用意した男ではない。かれにそれを指示した、王族の一人だった。だが、皇国の古い蔵書の中にあったというその魔術に興味を示したのは間違いなく、同時に例え僅かな時間とはいえ色の称号を持つ魔術士を手玉に取れるという誘惑に男は勝てなかった。
 結果、あの魔術士が男に卑劣な手段を指示するような王族の一人に一生縛られようが、どうだっていい。そう、どうだっていいのだ。
 そうして、魔術は今実行されている。
 全く何の問題も発生していない。
 恐ろしい程に順調だ。この分であれば、皇国の祭典に十分な状態で挑めるだろう。
 男は目の前に見え始めた成功という名の華々しい未来を、ようやく実感し始めていた。まさかその魔術が既に見抜かれ対策が考えられている等とは夢にも思わないまま。
 ただ、祭典までの時間だけが、ゆっくりと近付いている。

 アミルがクリアとだけ話す事があると言い、その間ただの短期の雇われ魔術士である彼女がイガルドと一緒にいるのもおかしいという事になって、サフはイガルド達と別れ一人破幻杖を抱えて結界を抜けると、宛てがわれた雇われ魔術士用の部屋へと向かっていた。
 二人一部屋のそこに、彼女はアミル、此所での偽名クラウンと一緒で宛てがわれている。二人が知り合いであるが故の処置だ。クラウンことアミルが主張した事も大きいが。
 兵舎にもほど近いそこは地方からの兵役演習が行なわれる際等にも使われている一般兵達を一時的に収容する寮のような場所だ。
 皇国に戻ってくるのは数年ぶりであったけれど、城という建物はそうそう変化するような事は無いらしく、殆どの場所が彼女の記憶通りに存在していたから、正に我が家の庭の如くサフは動き回る事が出来る。むしろ此所では彼女がアミルを案内する側だ。
 だが、アミルには間違っても余計な場所に入ったり、何より破幻杖だけは絶対に手放さないように堅く言いつけられていた。部屋の中で寛ぐときすら、アミルが傍にいる時以外はダメだというのだから、それは相当なものだ。しかし彼がそこまで言うのならばきっと理由があるのだろうと彼女は破幻杖をしっかり握りしめている。
 互いに学校を卒業してから真っ直ぐに皇国へとやってきた。
 それまでも彼が何の意味も無くきつい言い渡しをした事は一度も無い。その理由を話してくれるかどうかは時々で異なるけれど、少なくともアミルが言う事には常に何らかの意味がある。
 だから彼女はちゃんと守るだけだ。
 皇国に入るにあたって、色々な状況を想定してアミルは多くの魔術をサフに、そして杖や彼女に渡されている魔術具に仕掛けている。それらの効果の為にも、言いつけには守らなくてはならないのだ。態々彼女の我侭に付き合ってくれているその誠意に答える為にも。
 こんこん、と部屋の扉が叩かれた。
「どなたですか?」
 アミルならばノックはしないだろう。それどころか扉から入って来るかどうかも怪しいものだ。転移で現れそうである。故にサフは反射的に誰何していた。
「ルビー殿とクラウン殿の部屋とお見受けする。私は第二王位継承者テルミア様仕えの者です。お話があって参りました」
(テルミア。とするとこの声はもしかして筆頭侍従のヒトだったかな。魔術士だっけ?)
 聞き覚えのある声に、うっすらと思い出すのは歳の離れた姉と、それの傍近くに仕えていた見目は良いが暗い雰囲気の男だった。この城に住んでいた頃は間違っても傍に行ってはいけないとクリアに言われていたよう注意人物の一人だ。
 確か、テルミアからも何度か暗殺されかかっていた記憶がある。
 そんな姉の侍従が態々尋ねて来る理由が解らずに、彼女は扉を開けないままで問いかける。
「申し訳ありません、私は今具合が優れないのでお話が伺えません。クラウンは今席を外していますので、また後ほど改めていらっしゃって頂けますか?」
 アミルからは信用出来ない者を出来る限り傍には寄せないように言われている。ならばここでテルミアの従者を部屋に招き入れる訳にもいかないだろう。そうして引き出した苦しい言い訳にしばしの間従者は沈黙し、そして返答を返す。
「では、また後ほど。ですが一つだけ良いでしょうか?」
「はい?」
「ルビー殿とクラウン殿は光栄にもテルミア様のお眼鏡にかなったのです。我が主はお二方を良い待遇で側仕えにしたいとご所望です。前向きにご検討頂きたい」
「あ、すいませんがお受け出来ませんとお伝え下さい」
 思わず即答してしまったのは、勿論彼女が今現在もまだ王位継承者である事にもあるが、アミルのような強い魔術士が更にこの皇国に仕えてしまうと事態が悪化すると瞬時に考えたからだ。恐らく此所に彼がいたとしても同じように答えていただろう。彼は何処かに仕えるような人間ではない。
 しかしあまりに間がない返事だった故か、相手の不興を買ってしまったらしい。
 扉の向こうからは殺気にも近いものが溢れた。
「…………一介の雇われ魔術士ごときが」
 ぽつりとこぼれたその一言が。ある意味で全てだ。
 王族にとってはクリアのような強力な魔術士ですら道具でしかない。そういう思考には嫌気がさす。
「私の如き一介の流れ魔術士等、高貴な王族様にはご不要でしょう。お引き取りを」
 その為に、次に出た彼女の言葉は酷く堅い響きとなって扉の向こうに贈られた。相手の言い方を皮肉った言い方は更に不興を買ったのだろう、舌打ちと共に足早に相手が去っていく。
 ほぅ、とサファイアは溜息をついた。
 この場所が自分が昔いた場所だという実感が徐々に生まれる。この場所にアミルがいなくて良かったと思った。いたら立腹して何を仕出かすか解らない。
 皇国に限らないだろうが、王宮とはおおむねこのような場所だった。上層意識や、ヒトをヒトと思わない思考が当然のように溢れる場所。誰かを蹴落とし上に行こうとし、互いに貶め合う者たちは後を絶たず、他人の物すら時に奪おうとする。
 こういう場所、だった。
 ぎゅ、っと破幻杖を握りしめる手に力がこもる。
 温かいような不思議な雰囲気の杖は、まるでアミル自身が傍にいるかのような奇妙な既視感を彼女に与えて安心感を齎してくれる。
 部屋の中の大部分を占める二つのベッドの内の一つにぽふり、と倒れ込むと部屋の扉に鍵がかかっている事を確認した上で、杖を抱えたまま彼女は目を閉じる。
 久方ぶりに故郷に戻った為に疲れもあったのだろう、すぐに睡魔が訪れてサフは気付けば寝息をたてていた。
 部屋に残るのは静かな寝息ばかり。
 しかし彼女が眠りにつくのと同時、それを守るように杖から結界が生み出され張り巡らされた故に、その後訪れた訪問者達は少女の眠りを妨げる事無く、すげなく追い返されるのだった。
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