残暑見舞い2016

文字数 5,659文字

 皇国には、色の称号を持つ魔術士が所属している。
 それはとても有名な話で、但しそれが「第三王位継承権を持つ王女専属契約である」ということは意外に知られていない。更に言えばその契約自体は王女の母である王妃(すでに亡くなって久しい)と結ばれた王室と無関係な完全に個人的な契約であり、相手がかの王妃でなければ、そしてこの王女でなければ、彼がこの契約自体全く結ぶ気もなかったし、まず前提としてその許可も降りなかっただろうということは全く知られていない。
 クリアには、かの王妃に対しては非常に大きな恩義があったし、その娘である王女に対しては王妃への恩義がそのままに移ると共に接する中で親愛の情も深まった。今ではすっかり兄のような気分だ。何しろ、この王女、ひいき目を無しに見ても、見た目も性格も可愛すぎるのである。
 最初の側近は彼のみだった。身の回りの世話をする使用人すらいなかった。それは王女の事情から敢えてそうなるように王妃が仕向けて(王妃は彼に契約を持ちかける頃には、自分の死期をはっきり悟っていたから、残される娘への最大限の備えをしていたのだ)、まぁ基本何かに縛られることを好まないクリアにとって非常に楽な状態にしておいてくれたのだ。
 一時期王妃の元で世話になっていた彼の性格は、王妃も熟知していた。
 まぁ実は契約をした後亡くなるまで王妃が、彼が色の称号を持っているという事実を知ることはなかったのだが。
 そして王女の専属になった際にクリアが己の称号を白日に晒したのは、この方が「色んな意味で王女を狙う周囲への牽制が非常に楽である」と判断し、上司に当たる相手からその許可を得られたからだ。この王女に関しては、万が一があってはならず、それ故に彼らは多少大胆な手も講じる覚悟があった。
 さてそんな日々に、黒髪黒目の異国の騎士が入ったのは、結構最近であったりする。騎士が母国を出奔する理由にもなった、まるで犬のごとき(暴走してない普段の状態なら、本当に犬にしか見えない)白い魔獣も一緒だ。
 普通なら魔獣連れでどこかに所属するなどありえないし、実際それが理由で彼は騎士団長を辞めて放浪の日々を過ごしていたのだが、ここにはクリアがいる。魔獣の暴走程度ならば抑えられる彼がいる事が、その騎士ことイガルドが、此処に残る気になった理由の一つだろう。
 まぁもちろん、専属契約を結んだ相手である王女への親愛も大きいだろうが。
 偶然出会った騎士を、単にその力を欲するからではなく、真剣に「このままでは一生落ち着かない生活になってしまうのはかわいそうだから、何か自分にできないか」と王女個人が考えて出したこの「クリアを抱えている自分の元にいてもらう」という結論は、本当に王女にとっては騎士の平穏を希望してのものだったし、そのことが相手にしっかり伝わったことで彼女は真の意味でイガルドからの揺るがぬ親愛を得たのだ。王女自身は無意識なのが恐ろしいが。
 で、現在王女は2名の専属従者のみを持ち、それ以外は使用人すら側に置かず(王女自身、日常の生活のあれこれは全部自力で行っているし、他の雑用もほぼ2名でどうにかなってしまう)にいるのだが、片や色の称号持ち魔術士、片や実は他国で騎士団長までしていた凄腕の騎士ともなると、下手な雑魚を並べているよりも強力な手札を持っている状態になっているわけで。
 他の王子王女から見れば全くおもしろくない存在であるし、宰相などから見ればどうにか利用しようとする存在であるし、他国から見れば王女であるが故にどうにか自国に婚姻などの縁故をもたせて取り入れたい存在であるし、と非常に面倒な事態になっていたりする。
 まだ父である王が、彼女を政治利用することを全く考えてないことが救いか。
 数いる王妃の中でも亡くなった王妃を最も寵愛していたらしい王は、どうやら王妃と何らかの約束をしており、それ故に王女へは余計な何かを一切することなく静観を続けている。
 さてそんな状態である当の色の魔術士といえば。
「あーつーいぃぃ!!」
 ほぼ常に待機している王女の自室で、完全に暑さにやられていた。一応室内なので外よりはマシなのだが、それでも暑いものは暑い。長椅子の全部にだらり、と横たわる彼を呆れた顔で見ているのが、現在相棒であるイガルドである。
「お前な、そういうのをサフが真似たらどうするんだ」
「サフは良い子なので僕を真似たりしないもんねー」
「そりゃそうだろうけど、問題が違うだろ」
「いいじゃん別にここにはイギーしかいないしー。あー暑いぃぃ」
 最大限涼をとれる格好(王城にはあまり相応しくないし、まして王族の側近としてはあまり推奨されない)でだらだらしているクリアに、一応は元騎士団長の経験と性格からなのだろう、きっちりした服を着たイガルドはため息をつく。
 イガルドの言いたいことは一応判るが、元の性格が完全に自由なクリアからすれば、今こうしてこの場所にいるだけでも奇跡のようなものだし、かといって場所に合わせて私的な場所でまで自分を抑圧する理由などない。
 王女は今、少しだけ湯浴みに離れている。
 さすがにそんなところまで同行することは出来ないので(お互い一応男であるし)、その場合彼らは自室待機だ。湯浴みの場所の前でも良いのだが、その際に他の王族にまで出くわすと、勧誘という鬱陶しい目にあうことを知っているので、基本そこには同行しない。
 王女がいる場所でさすがに勧誘するバカはいないが、不在だとしつこい者たちもいるのだ。王女には言ってないが。
「はー、暑いぃ。これあれじゃん? 溶けるってやつ?」
「この程度で何言ってんだ」
 どうやら母国の方はさらに厳しかったらしいイガルドにはまた余裕があるのだが(そして彼の足元にいる魔獣は、まず暑さ寒さに反応しないので、いつも通り寝ている)、クリアは厳しい暑さに弱い。実は結構弱い。
 出身が結構寒い方だったので、余計だ。
「あー、何か一発ぶちかましたいなぁ」
「やめろ」
 言いつつ、そんな魔術の構成を考えた彼の思考を察知したのか、即座に止めに入ってくる騎士。
 つまんなーい、と返してゴロン、と体の動きを変えたクリアは、しかし異変に気付いて飛び起きた。
 何かが、クリアが王女に張っている結界に干渉している。普通に会話する程度では何も反応しないので、それは明らかに「何か攻撃されようとしている」のであり。クリアの突然の変化に、見ていたイガルドもさっと顔色を変える。
「サフか?」
「うん。行くよ!」
 多少作るのに時間がかかるが、それでも足でそこまで行くよりは早いので、クリアはここで転移魔法を展開する。消費が激しすぎるのが難点だが、こういう場合にはまず現場に最速で行くことが重要だったし、この程度消耗しても尚彼はこの国のどんな魔術士も圧倒できる自信があるし、まして連れて行くのがイガルドと白い魔獣だ。
 クリアの不足分を彼らは余裕で補ってくれる。
 普段呑気に一緒にいるだけの魔獣も、イガルドに向けているほどでなないが王女への親愛があって、彼女の危機とそれに対するイガルドの本気を感じた場合には、暴走ではないがイガルドに呼応する形で「本気で戦う姿勢を見せてくれる」ので、結構戦力であったりするのだ。
 咄嗟にイガルドがベッドに向かってシーツをつかむのと同時、クリアは彼らを含めた室内全員を、現場へと転移させた。
 転移した先は、湯けむりの立ち込める、まさに湯浴みする部屋そのもので。
 だが状況は、その女性しかいない場所に彼らが躊躇する間など与えてくれるものではなかった。
「何してんだこらあああああっ!!」
 クリアが叫び新たな魔術を展開している間に。
「今すぐサフから離れろっ! サフ、おいで!」
 イガルドが迷わず飛び出して白いシーツで王女を覆って確保した。その側では、白い魔獣が巨大化し(実は大きさが多少自在なのだ)本気で相手に牙をむき出し、威嚇をし始める。
 王女に何かしようとしていたその姉と、姉の側近にあたる魔術士の女が、突然の彼らの登場に驚き目を見開いた時には既にクリアの魔術は完成していて。

 夏である筈の皇国の王城全域が、窓が凍りつく程に冷気で満ちた。




「お前ね」
「いやだって攻撃する訳にもいかないでしょ。かといって何もしないのもね? で、まぁここはひとつ効率を求めて、うん」
 壁や床一面も見事に凍りつき、外は暑いのに中は完全に氷の城と化したこの状況、知らない者が見れば何事かと目を剥くのだろうし、実際あちこちで騒ぐ声は出始めている。だが、この城にはこんな現象を起こせる者は1名しかいないので、その囁きの大部分は「今度は一体誰が色の魔術士を怒らせたんだ?」だったりする。
 そんな中、シーツで確保したもののいきなりの寒さに震えだした裸の王女を悠長に着替えさせるわけにもいかず、彼らは再び転移で王女の自室に戻ってきた訳だが(この辺でクリアの魔力は結構減っている)。
 自室の見事な凍りつきっぷりに明らかに白い目を向けてくるイガルドにクリアは適当に言い訳をしてみるが、既に彼の性格をよく知っている相手がそれに騙されてくれる筈もない。
「さっき言ってた一発、をやっただけだろ」
「あーうー。てへ?」
 王女が自分でいそいそ衣装棚に片付けられた冬服を探しに行っている間に、ひそっとイガルドが言う。
「これでサフが風邪をひいたら、お前を昼間の窓の外にずっと吊るしてやる」
「いやああああっ!! それだけは勘弁!」
 この騎士、やると言ったら本当にやる。しかももしそれを逃げようものなら更に鬼の所業が待っている。何しろ相手はあらゆる拷問もやってきた元騎士団長様なのだ。そりゃもう拷問のレパートリーは非常に豊富である(のを既にクリアは体感している)。
「さむいねぇ。クリア、こういうこともできたんだね」
「そ、そうだよ。今はちょっとやりすぎちゃったけどね」
 着替えながらのほほんと言う幼い王女に、クリアは騎士の厳しい視線を避けつつも答える。自分が何をされかけたのかおそらくはわかってないだろうこの王女は、しかし彼らを非常に信頼していたので、いきなり湯浴みの場所に現れ自室に連れ帰った行為に関して全く何も言う様子はない。
 尚、着替え中なので、一応男2名は、王女の方は見ないように気をつけている状態だ。
「魔術ってすごいねぇ」
「これは悪用って言うんだろうけどな」
「イギー、厳しい」
 騎士の言う通り、今こうなってるのはクリアが直前に考えていた一発をそのまま流用した結果で、実は行き当たりばったりもいい所な対応だったりするのだが、王女はその穏やかな性格そのままにのほほん、と言うものだから、イガルドが苦言を呈して、しょぼんとクリアが項垂れる。当たらずも遠からずなので反論が出来ない。
 そんな彼らに王女は。
「ねぇ、こんなにあっちこっちこおってるなら、みずもこおってるよね?」
 いきなりそんなことを言い出した。
「まぁ、そうだと思うけど」
 城全域を凍らせたので、城の中の水は全部凍っているだろう。そう言えば、服を着た王女は溢れる好奇心をそのままにこんなことを言い出した。
「じゃあ、あついひのかきごおり、たべられる?」
「……ああ! うん、余裕余裕! 何、サフ、食べたいの?」
 別に、もし凍ってなくても魔術で凍らせれば良いだけなのであっさりとクリアが頷けば、王女がこくり、と頷いた。
「きっとおいしいよね。あついなかでたべるかきごおりって」
 確かに、それは普通には中々叶わないことだ(一応城には氷室があるので夏場も氷は手に入るが数は限られてるし、実は季節に逆らえる程の氷系魔術を自在に使える魔術士はほぼいないので、夏場の氷はかなり貴重なのだ)。
「びょうきのひとも、ちょっとげんきになるよね?」
「あ、この前視察に行った、施療所?」
「うん」
 てっきり自分が食べたいが故の話題かと思えば、どうやらその対象は自分ではなく、先日公務で訪問した城下にある施療所の患者たちのことだったらしい。そういう部分が非常にこの王女らしい、のだが。まだ幼いのに、なんだかんだでいつも自分以外の誰かのことを考えている。
 そういう部分が彼女の良いところで、危ういところでもある。まぁ、だからこそ彼らは王女を守ろうと思えるのだけれど。
「ダメかなぁ?」
「んにゃ、サフがそうしたいなら、協力するよ。ねぇイギー?」
「まぁ、な」
 不安そうに言う王女にクリアが意気揚々と乗っかるのは、イガルドのこれ以上の詰問を回避したいが故のわがままだったし多分イガルドにもそれは伝わってたのだが、とはいえ王女の純粋な好意からくる提案を蹴る程冷酷でもない騎士は、渋い顔をしながら変わった話題にも頷いた。
「よし、じゃあ氷いっぱい用意して、今日は城下でかき氷パーティでも開こうか!」
 まぁ、氷をさらに増産したり、運んだりする魔力程度なら今の残りでも大丈夫だろう。ついでにイガルドの追求もうやむやに出来れば尚良し。そんな打算と共にクリアが提案するのに王女が嬉しそうに頷くものだから、結局騎士も折れるのだった。



 暑い日に行われた突然の金の魔術士の暴挙は、あっという間に城下にまで話題として広がったのだが。
 それと同時に、城下のある施療所で発生した「参加自由かつ無料の、謎のかき氷祭」の話題にかき消され、見事風の中に消えていった。庶民にとって暑い季節のかき氷は最高級の嗜好品であったので、凍った城よりもこちらの方が余程衝撃的な話題だったのだ。
 その催しが噂の第三王女の提案であるなど、結局施療所の責任者以外は全く知る由も無い話だったのだが。
 祭の中で国民に紛れ楽しそうにかき氷を食べている王女にとってはどうでも良い事だったし、彼女が楽しそうであればそれで良い従者2名に取ってもどうでも良い事だったので、真実は遥か未来、責任者の酒の席での他愛ない過去話から暴露される事になるのだが、その時には既に王女は王籍を抜けていたので、本当に後の祭になったのだ。
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